殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 成人式の会場から出た陽子はそのまま勝の病室に向かった。
どうしても晴れ姿を見てもらいたかったのだ。
実は其処には翼が待っていてくれることになっていたのだった。


「まるで結婚式の衣装のようだ」
陽子の振り袖を見て感慨深そうに勝は言った。


「どうだこのまま此処で式を挙げてくれないか?」
勝が、陽子と翼の手を取って言った。


「なんだったら、誓いのキスだけでも……」
勿論軽い冗談のつもりだった。

でも、突然言う勝に陽子は度肝を抜かされていた。
慌てふためいた陽子の顔を見て、勝は笑い出した。


その途端、二人は顔を見合わせた。


「もうー、おじ様の意地悪!」

陽子は高揚した顔を更に真っ赤にしながらシャワールームに隠れてしまった。


「お祖父ちゃんなんてこと言うんだよ」
翼は真剣に、勝を怒っていた。
勝も冗談が過ぎたことを反省したかのように神妙な顔つきになっていた。


でも……
シャワールームからは笑い声が聞こえていた。

陽子は、勝のジョークが本当は嬉しかったのだった。


そう……
やっと勝に明るさが戻ってきた証拠だったから。


(何時か……ううん、近いうちに叶えてあげたいな)

陽子はそう思っていた。




 勝が再入院して一カ月が経とうとしていた。

延命治療は勝自身が拒んでいた。

それでも、遺していく翼の逝く末だけが気掛かりだった。

でも、陽子と言う恋人が出来た。
出来れば自ら出逢いのお膳立てをしたかった。

それが偶然……
サプライズとでも言うべき軌跡で二人はそれぞれの存在を住まわせてくれたのだった。

勝にとっては奇跡だった。
それほどまでに、勝は翼を思っていたのだった。




 翼は、勝が亡くなった祖母の元へ行きたいことは理解していた。
それでも長生きしてほしいと思っていた。
翼は勝をまだ心のより所にしていたのだった。

負担を掛けたくない。
そう思ってはいたのだったが……




 比較的早く持ち直したので個室から六人部屋に移った勝。
大勢の中に居ることがパワーに変わっていく。
勝は退院した頃のように、元気になっていた。




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