殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 「どうだ、物凄くデカいだろう?」

勝の言葉には、翼の影は感じられなかった。

どうやら、本当に此処に来たかったようだ。
そう陽子は結論付けた。


「ねえおじ様。もっと近くで見ましょうよ」

陽子はそう言いながら、以前翼と歩いた墓地へと繋がる小道へ向かった。

陽子は其処を後ろ向きで進んだ。


少しの坂道でも、車椅子の利用する者にとっては恐いものなのだ。
陽子はその事実を保育士の修業過程で知った。

本当は今日初めて試してみたのだった。


でも陽子のぎこちないサポートも、役に立ったようだった。


勝と陽子は何とかコミネモミジの前まで進んだ。


「本当は……、これが見たかったんだ。ありがとう陽子さん」
勝はロックのしてある車椅子からゆっくり立ち上がった。


両手を広げ、パワーを体に感じようと目を閉じた。

少しフラつく足元。
陽子は精一杯勝をサポートした。




 「あっ!」
突然勝が叫んだ。

コミネモミジの上側の西善寺の門が光輝いていたからだった。


「幸子……」

そう勝は言った。


でも、其処に居たのは翼だった。

翼は忍から連絡を受け、自転車を走らせたのだった。




 (何故? 何故此処だと解ったの? 以心伝心……? 二人の心が繋がっているから?)

でも、そんなことどうでもよくなった。

陽子はすぐに翼の元へ駆け付けた。


でも陽子の脳裏に、あの物見遊山の立て看板がよぎった。

陽子は慌てて繋ごうとした手を引っ込めた。


照れ隠しに勝を見た陽子。

その時、勝は泣いていた。


「幸子……」
勝はもう一度言った。


「お祖父ちゃんはきっとお祖母ちゃんに遭っているんだと思うよ。あんな穏やかな顔久しぶりに見たな」
翼はそう言いながら目を細めた。




 「幸子さんっておじ様の奥さんだったの? 名前の通り幸せな人ね。おじ様にあんなに思われて」

陽子は勝の傍にいるだろう幸子の亡霊が、所謂お迎えではないことだけを願っていた。


「バレンタインデーの奇跡だね」
でも、翼はそう言った。


(あ、そうだった! 今日はバレンタインデーだった。ヤバい……チョコレート買うの忘れていた!)

陽子は現実に戻って急に震えだした。



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