殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 「かさぶたが取れたらハゲになってた」
翼は頭に手をやった。


「ほらここ」
指で探し当てた隠していたハゲ。

陽子は確認するために翼の後ろに回った。


「あっ、本当にあった」
陽子は翼のハゲを指でなぞりながら泣いていた。


「あの後、初めてお祖父ちゃんが言ってくれたんだ。辛かったら何時でも来いって」
翼が涙混じりで言う。

陽子は翼を背中から思いっきり抱き締めた。


「でも僕が此処に来るのは、決して辛いからじゃないんだ。お祖父ちゃんが大好きだったからなんだ」


「おじ様きっと解っていたわよ。代わりになんてなれないけど、これからは私が守ってあげる!」

陽子はいつまでも翼の背中を抱いていた。




 翼は勝との思い出の品を探し出してきた。

それはキャンプなどで使う薄いアルミシートだった。


「暖かい」

二人はそのシートにくるまれながら、勝の愛の大きさを感じていた。


そのアルミシートは、浦山口のキャンプ場へ行った時使用した物だった。


薫に気を使って泊まらない翼に、勝は一人用のワンタッチテントを買った。

せめて一時でも、キャンプの雰囲気をあじ合わせたかったからだった。


翼はそれを秘密基地に持っていった。


そして其処から行き交う電車を眺める。

あの場所が、本物の秘密基地となった瞬間だった。


翼からその話を聞いた陽子は、以前感じた疑問が解けたように思えた。

純子・忍夫婦から恋愛の極意を学ぼうと足繁く通った陽子。

でも一度も翼とは逢えなかったのだ。
その原因は、陽子が短大の授業を終えて立ち寄る前に翼が帰っていたことにあるようだと。


翼が会いに来たのは町役場で仕事をしている忍ではなく、話好きな勝だったのだから。

そんな翼を暖かく見守った家族。

陽子はこの時、二人の出逢った日に純子の言った“家族”の意味を理解した。

優しい家族の、愛の溢れた思いやり。

寂しい翼が頼った安らぎ。

それらの全てが奇跡となって、自分に愛の火を灯してくれたこと。

陽子は勝の遺影を見ながら泣いていた。




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