殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 赤穂浪士の別働隊が其処に集結して、仇討ちが失敗した時のために待機していた。


集落の地主の元に、赤穂班の江戸詰めの家臣宅で奉公に出ていた吉三郎が訪ねて来た。


吉三郎は、主の娘おいとの将来を誓った仲だった。


赤穂班のお家断絶の噂を耳にしていた主はこの突然の帰郷を快く迎えてくれた。

すぐにでも祝言を挙げさせたかったのだ。

吉三郎はそれ程信頼のおける人物だった。




 「陽子も同じ話を聞いていたのか」
感慨深気に翼が言った。

陽子は頷いた。


「でも其処からが違うの」


「違うって……、何が?」


「あのね。吉三郎さんには赤ちゃんがいたの。そのおいとさんて言う娘さんのお腹の中に」


「えっ!?」


「驚いた? だけど、解っていながら切腹させられたのよ」


「何故だ!? 吉三郎は確か喜んで死んで行ったはずだよ」


吉三郎は寺坂吉右衛門と同じ使用人だった。

吉田忠左右衛門はそのことをはばかって泉岳寺より去らせたのだ。

でも自分は仲間として認められたと思い、進んで切腹したはずだった。


「無理やりだったみたい。そりゃそうでしょう。奥さんに赤ちゃんが出来たのに……さぞかし無念だったことか」

陽子は女性の立場で、翼は男性の立場で。

それぞれの言い伝えを美化していたのだった。




 「そうだよな……。もし陽子に赤ちゃんが出来て……、僕が吉三郎のような立場だったら耐えられないよ」

翼は陽子を抱き締めた。

吉三郎の思いも一緒に。


愛しい人をこの世に残したまま旅立たなければいけなかった吉三郎。

それは翼を気にかけながらも無念に亡くなった勝にも似ていた。

自分達が幸せに暮らすことが一番の供養になることだと知っていた。
だから二人は、線香番に戻る前にもう一度抱き締め合った。




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