殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 「あれっ? 今誰と話していたの?」


(えっ!?)

翼は不思議な感覚にみまわれた。


(もしかしたら陽子に見えていなかったのか!? 嘘だろ?)

翼は陽子の発言に疑問を持ちながらも、自分の陰で見えなかったのだと思って納得させることにした。


「翔だよ」

やっと翼は言った。

本当は次の陽子の反応が知りたかったのだ。


「えっー、翔さん!?」

案の定陽子は驚いたようだった。

二人の関係をどこまで把握しているのかは知らない。

でも、陽子にとっと翔が翼の負担になっていることは知っているはずなのだから。

そんな翔が会いに来た。
陽子と孝の関係をほろめかしながら……

それはまだ孝が陽子を狙っていると言う意思表示だと翼は考えていたのだ。

だから本当は、見えていなかったと言う事実にホッとしていたのかも知れない。




 陽子は籐籠に入っていた手作りクッキーをテーブルに置いた。


「わー、逢いたかったな。だって私一度も逢ったこと無いんだもの」


「そうだったっけ?」

翼の言葉に陽子は頷いた。




 「翔はさっき帰ったよ。陽子のコーヒー誉めていた。美味しいってね」

翼は手作りクッキーを口に運びながら優しい嘘をついた。
それが陽子に対する思いやりだと信じて……


「何これ? このクッキー何入れたの?」

翼は一口だけで食べるのを止めていた。


「そんなに不味い? 肥満児のために雪花菜クッキー作ったの」


「雪花菜? どうりでモゴモゴするはずだ」

翼は笑いながらクッキーを又口に運ぶ。


「うん、我慢すれば食べられる」


「こらっー!」
陽子は冗談に拳を握る真似をした。




 砂糖と玉子とスキムミルクと片栗粉で作る赤ちゃん用の玉子ボーロも用意していた。


「名付けてフィンガーボーロ。コッチも美味しいよりってゆうか、お口直し」

陽子はウインクをした。


「お口直し? っていうことは認めたな」

翼は笑いながら、まだクッキーの残っている口にそれを運んだ。


「うん、これは美味しい」

翼は素直に言った。


「優しい味だね。まるでお母さんのようだ」

陽子の手に自分の手を重ねた翼。
その温もりの中で、本当は恋しくて仕方ない薫を思い出していた。





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