殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 何故翔が今日言いに来たのか?
答えは一つだった。

東大受験に向けて動き出した翼を潰すためだった。

翔も不思議だったはずだ。
自分には贅沢させるのに、翼は粗末な物ばかり。
どうしてなのか考えた。
そして、ある方法を思い付く。
母の愛を確かめる方法を。

それがあの柿の実事件の元だった。

あれは翔の仕掛けた、翼を軽蔑する存在だと確かめるための罠だったのだ。


翼が母親に愛してもらいたくて葛藤していること。

抱き締めてもらいたくて勉強を頑張っていること。

全部知った上で……。

初恋の相手が翼に贈ったオルゴールの敵を取ったのだ。




 祓いせ、何て単純な物では片付かない。


母親を取られなくするために……。


翔には翔の翼に対するプライドがあったようだ。


だから翔は調べたのだ。

そして知ったのだ。
母親の薫と同時期に、薫の妹の香も妊娠していた事実を。


翼が香の子供だったら……

全て辻褄が合う。

母の溺愛と卑下。
その全ての源が……

翼の母にあることを。




 『香の子供が産まれていたら』
田中恵の病室での一言がよみがえる。

子供は産まれていた。

それは自分だった。

それでは自分が香の子供なのか?
でも祖父は、薫のことを香と言った。

祖父の目には香だったはずだ。


自分の本当の母親は、薫なのか? 香なのか?

思考回路の停止したまま、翼は必至に答えを導き出そうとしていた。




 勉強が手に着かない。
そわそわと動き回る。

翼の異変に陽子が気付き、一息入れようとコーヒーを持ってきた。


陽子のコーヒーはアメリカンではなくなっていた。
だんだんと味に慣れて来た翼のために、濃くしてくれていた。
父親の経営しているカフェで、本物のブルーマウンテンを飲ませてやりたい。
孝を快く思っていない陽子だったが、仲違いしたままではいけないと心を痛めていたのだった。




< 92 / 174 >

この作品をシェア

pagetop