殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 幸せな、本当に幸せな時間だった。


(やっぱり……遠回りして良かった)


翼の指文字を心の中に刻み付け、陽子は素晴らしい伴侶を得た喜びに再び浸っていた。




 「えっー、もう!?」
ゆっくりゆっくり歩いて来たつもりだった。

でも二人は一つの道になるはずの祠の前に差し掛かっていた。


三つの道が一つになり更に進んで行くと、清雲寺への道しるべがあった。


「さあ、もう一頑張り」
陽子は翼の肩に手を置いて軽く押してみた。


「近いの?」


「この前秘密基地で言ったでしょう。『意外に近いのよ』ってね」
陽子はウインクした。




 その通りに更に進むと、丸太を模したガードレールが翼の目に止まった。

焦げ茶色の長い棒状の物が三木。

道の端に設置してある。


翼は早速それに軽く腰を掛けた。


「疲れたの?」
陽子が気遣って聞く。

すると翼は陽子を膝の上に引き寄せた。


陽子の首筋にキスをする。


陽子は突然の翼の愛の表現に驚いた。

体が震えた……

心が乱れた……


「翼……みんな見てる」

やっと……
それだけ言えた。

陽子はただ、恥ずかしかったのだ。




 「構わない」
翼はもっと引き寄せた。


「だってぇ………」
陽子が甘い声を出す。


「此処は陽子の地元だからきっと知っている人が大勢いると思う。だから僕は……、僕が陽子の夫なんだと教えたいんだ」

翼は背中から陽子を抱き締めた。

陽子は翼の心を知り、その胸に凭れかかった。


もう一度首筋にキスをしてとせがむように。


陽子は目を閉じた。
人の目を気にしないでただ翼との愛に溺れたくて。

翼もそんな陽子を優しく両腕で包む。


二人だけの世界……
もう何も怖いモノはなかった。陽子は翼と居るだけで幸せだった。




 細い路地に神社の鳥居が見える。


「あっ、喪中だった」
翼が思い付いたように言った。

そう、勝が亡くなってからまだ日が経っていなかったのだ。


祖父を亡くしたばかりの翼は、神社の鳥居を潜れなかったのだ。

俗に四十九日過ぎれば良いとのことらしいが、それでも翼の気持ちは潜ることを躊躇ったのだった。

翼の心は何時も勝と一緒だった。
忘れることなど出来なかったのだ。




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