殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 「まるで桜絵巻だね」


「中はもっと凄いよ」

翼の言葉を遮ってしまった陽子。
慌てて翼と手を繋いだ。


「桜絵巻か……本当に翼の言った通りだね」

陽子は立ち止まり、全体を見回した。


(気が付かなかったけど、翼と一緒だと何でも新鮮。翼……もっとドキドキさせて。もっともっとアナタを知りたい……)




 樹齢何百年めの大木。
何時か二人で見たコミネモミジのように堂々とした樹景。


翼は生まれて初めて清雲寺の枝垂れ桜を見た。

その風体は余りにも立派で、自分の存在価値さえも小さく見えた。


(ああ……なんて僕は小さな人間だったんだろう。心が洗われるというのは、きっとこう言うことを言うんだ)

翼はこの大樹に住まいし精霊達の息吹を感じたくて、大きく深呼吸をした。

そしてそのままその木の全てを包み込みたくて、両手を広げた。




 「凄いねー」
そう言いながら、陽子も手を広げた。


「もしかしたら、八百比丘尼の聖霊でも宿っているのかな?」


「ん? ヤオビクニ? 何それ」


「不老不死の女性だと思うけど、詳しいことは知らないの。一説には人魚だって言う人もいて」


「人魚か? かも知れないな。だって武甲山は元々海にあったから、セメントの材料になる石が取れる訳だから」


「そっかー。此処も海の底だった可能性が大か?」


「それに人魚の肉を食べた人は不老不死になるとか聞いたから」

聖霊と人魚。
どちらもきっと目には見えないだろう。
それでも二人はもう一度その手を広げた。

体の中に、取り入れるために。
不老不死は本当は怖い。

だって、死ねない恐怖って存在すると思うから。


でも二人なら平気。
陽子はそう思っていた。




 翼がもう一度両手を広げる。
その姿を見て陽子はハットした。


(翼がある!!)
陽子はその時確かに翼の背中に羽のような物を見た。


(翼……)

陽子は又俯瞰と言う言葉を思い出した。


(翼……あなたの名前は翔さんのためじゃないわ。きっとお母様が一番相応しい名前を付けてくれたのよ)

陽子は……
ただ泣いていた。

薫と香……
二人の母。
どちらかが本当の母のはずだった。

翼は迫害を受けて育ったことを恨んでいた。
だけど、それは全て陽子ど出逢うためのプロセスに違いなかったのだ。

陽子はこの世界の全ての神々に感謝した。

翼と出逢えた奇跡に感謝した。




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