Doctor or Pianist

アイドルピアニスト

雪菜の教育方針により、双生児はTVはほとんど見なかった。
ビデオもしかり。
何で遊んでいたかというと、ピアノと楽譜、本、CD…。ピアノを習ったが、楽しいばかりで苦痛に思ったことはなかった。
あとは、語学。
雪菜は双生児に対してほとんど英語で話した。
おかげで小学校を出る頃には日常会話には支障なく訛りもなく英語が話せた。
学校は午前で終わる。
午後はピアノとフランス語を習いに行った。
ピアノを一日四~五時間は当たり前に練習した。
コンクールに多く入賞したので音楽学校に進まないかという話もしばしば出たが、とりあえず大学に進むことを目標に考えた。
修正は後でもきく。




双子がもうすぐ12歳、ギムナジウムに入ったばかりの頃だった。
ヒカルが、日本へ引っ越さないかと言い出した。
雪菜は、泣いていたのか、目を真っ赤にしていた。
雪菜の父、双子の祖父が亡くなった知らせがあったのだった。
雪菜は、一人娘だったそうだ。
そして、今では日本に貴族制度こそないものの、時代が時代ならば子爵家という。
日本にいる親戚はその元名家の跡継ぎがほしいのだそうだ。
いかにもドイツ人という風貌の父を婿養子にしたいのではなく、それなりに見えなくもない双子のどちらかを跡継ぎに据えたい…らしい。
「お前たちが嫌ならばなにがあってもこの話はことわる」
そういう父親に双子は異口同音で返した。
「日本で音楽教育は受けられる?」
「あ? ああ、学校はあるし、問題があるようなら父さんが教えてあげるよ」
「二人のうち、一人はピアニストになってもいい? そして思った通りの人と恋をしてもいい?」
ピアニストになるのが二人の夢だった。
「ああ」
「じゃあ、いくよ、日本へ」
気候も言葉も文化も民族も全く違う国、日本へ。
名前まで変えて。
双生児に不安はなかった。
自分たちはひとりじゃないから大丈夫だと。
そうして双生児は12歳の時にドイツから日本へと渡った。




姓は母の家の名の若桜(わかさ)。
名は母があらかじめつけていた日本名の諒(まこと)と覚(さとる)として、日本で私立トップと言われる徒咲学院中等部の国際科と音楽科に編入した双子だが、文化の違いと言葉の壁に大きな痛手を負っていた。
表情も生気がなく家でも言葉もほとんど出さない。
自由が丘が最寄り駅になる自宅は、大きな敷地の割に母屋が狭く、防音室が光の分しか作れなかったので、双子専用の防音室付きの離れを建てた。
伴侶を亡くして以来病弱になっていた雪菜の母、ナタリーがひとりになるのも心配で雪菜は母屋から離れられない。
光(日本国籍を取り漢字名にした)は演奏旅行で世界中を飛び回っている。
たまに帰って来ても雪菜から離れようとはしない仲の良い夫婦だ。
そのため、双子に目が行き届きにくく雪菜たちの心配は増すばかりだった。
情緒上の心配に加え、無防備な上に背はあるが歳の割にはるかに軽い二人には、名家で財産のある著名人の子という立場上誘拐の心配があった。
いや、容姿の点からいっても誘拐は心配されただろう。
シッターを雇えばいい話だが、それよりも一石二鳥の案があった。
雪菜の新しい勤め先、国立東京都海北教育研究大学、その教育学の研究の場をかねて存在する付属学校…男子校の施設兼学生寮、ロングレッグスハウスに放課後ボランティア外国語教師として預けることにしたのである。
学校から学校の間は学生に迎えを頼んで。
ドイツ語や英語を学習した学生も混ざっていたせいかみるみる双子は国都海に溶け込んでいった。
二か月たつころには双子の日本語も活発に出るようになっていた。




双子もカルチャーショックに慣れて日本語も出始めた頃。
国内開催の国際ピアノコンクールで入賞した覚に、ピアニストを目指す少年役として映画出演の依頼が来た。
学校は生徒が芸能活動をすることに快諾した。
ピアノの練習時間や勉強時間、国都海に行く時間が減るのが嫌だった双子は、断ろうと思っていた。
ところが、母と祖母が言ったのである。
「その激しいドイツ語訛りを直すいい機会だから、出演を受けなさい」
日本語指導をつけてもらうことを条件に、出演することにした。
当然のように覚と一緒に撮影について行った(防犯上いつも二人で行動していた)諒を見た監督は、帰国したばかりの覚の苦労を案じ、覚が一人を演じるのでなく、二人で一役を演じることを提案した。
双子は声楽もやっていて発声の基礎が出来ている上に音に関して非常に繊細な感覚を持っていたので最終的にはセリフ回しも素人とは思えない出来ばえになった。
ドイツ語訛りも少し良くなった。(もちろん映画内ではほぼ完ぺきな日本語だった。)
醸し出す雰囲気は奏でる曲に合わせて不思議と変わった。
どの曲でも圧倒的な存在感を放った。
一曲一曲に入魂するピアニストに、双子は実にはまり役だった。
映画の撮影の休憩中、ピアノの椅子に座っていた覚に、仲良くなった役者の一人がふと言った。
「ねえ、何か弾いてよ」
気安く話しかけてもらえるようになったが、双子の日本語はまだカタコトだ。
「はい。なに曲弾きますか」
「なんでも弾けるの?」
「ええと? ……言ってください」
「カーペンターズが好きなんだ。Yesterday Once Moreとかね」
「Carpenters!  好きです。歌をします」
突然、ピアノの演奏が流れ、双子のハーモニーが始まった。
そこにいる誰もが唖然として二人を見た。
鮮やかに響く、さわやかに浴びせられるような声。
二人は生まれたときから、双子だから目立つ、外国人だから目立つ、かわいいから目立つ、さらにピアノのコンクールやらで舞台慣れしているので人目を引いていることに気づいていなかった。
曲が終わると共に監督が双子に声をかけた。
「君たち、この映画の挿入歌歌ってくれないか」
NOと言わせない迫力だった。

映画は海外のコンクールで入賞した。双子の3歳年上のヒロイン役、北山佐奈も入賞した。(双子は高校生の役をやったのだった。)
その年の話題作となった映画の、挿入歌がさらに話題となり、双子にCDデビューの話がきた。
学業に支障をきたさないでいられるなら、という条件をつけはしたものの、もともと音楽の基礎は確実についていて、度胸も並ではない二人のことなので支障なんてあったはずがなく、CDを出すことになった。
ただ、若桜家の跡継ぎが芸能界で有名になると困るという一族の話があったのでデビューをするのは次男の覚一人のみ、ということにした。
このデビューを機に、若桜覚(わかささとる)はアイドル年少ピアニストと、国際的本格ピアニストという二つの顔を持つことになるのであった。
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