溺愛トレード
「それでは参ります。よろしいでしょうか?」
「はい、よろしゅうお願いいたしまする」
桐谷さんと話してると、どうも敬語が崩壊していく。
なんでだろう? 首をひねり、ゆっくりと走りだした車のシートに体を沈めた。それと同時に、デパートのバーゲンで買ったビニールバッグの中にある携帯が振動した。
ディスプレイを確認する。
「あ……璃玖斗(りくと)くんからだ」
璃玖斗くんは、実乃璃の歳の離れた弟だ。
あれ以来音信不通の実乃璃。携帯が繋がらないから不気味に思って、弟の璃玖斗くんにメールをしておいた。様子だけ聞かせてもらえればと思って……
「もしもし、乃亜さん。おはようございます。昨日の夜にメールいただいたようで、ごめんなさい。気がつきませんでした」
璃玖斗くんは、実乃璃の弟とは思えないほどの人格者だ。
「ううん、こちらこそ電話してくれてありがとうね。ところで実乃璃のことなんだけど……」
「はい、三日前から父と二人でモナコのヨットレースを観戦しに行っています。大会は三日間ですから明日か明後日には帰国すると思います。
急用でしたら、家の者を遣わせましょうか?」
「あ、ううん! いいの、いいの。そっか、モナコに行ってたんだね」