溺愛トレード

 最上階の特別な人しか入れない特別な部屋に私たち三人分の席が用意されていた。

 実乃璃は食前酒を熱心に選び、フランス語のわからない(わかったとこで銘柄がわからない)私たちは「同じものを」と適当にこたえる。


「あのね、さっそくだけど文ちゃん……」


 実乃璃は大きな瞳にうっすらと涙をためるふりをして斜め四十五度下に視線を落とし、ロックアウトした。

 このアングルは、実乃璃の得意アングルのお決まりパターンで、相手に最高に可憐に切なく見せる術を得ている。


「お父様が、結婚しろっておっしゃるの」

「へー、いいんじゃない」


 実乃璃のファザコンぶりは、ちょっとやそっとじゃ理解できないレベルだ。

 お父様が大好き、お父様は絶対、お父様は神様、お父様はATMだ。しかも二十四時間営業、手数料なし!


「わかってるわ、文ちゃん。そうよね、私たちまだ二十四だもの。結婚なんてまだはやい。文ちゃんなら絶対わかってくれると思ってた」


 いいんじゃない、というアドバイスは完全無欠の無駄となった。


「それに私は世間知らずだもの。いいお嫁さんになんてなれっこない」

「うん、そうだね。主婦になったら、実乃璃の大好きな夜遊びもできなくなるもんね」


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