君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
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お汁粉を食べていた。
餅のいっぱい入ったお汁粉だ。 あんこが少なくて味が薄い。 父親が作ると言って聞かなかったのでやらせてみたが、最悪だ。

とにかく、それを家族揃って居間で、フーフー冷ましながら食べていた。 テレビに映っているのは新年の特番で、様々なお笑い芸人が漫才を披露している。


僕と妹以外がそれを見て笑ってる。 妹はまだ赤ん坊なので、漫才の面白味である言葉を大体理解出来てないから、笑わないのも当たり前である。

姉夫婦と両親はお汁粉を食べながら(たまにこぼしながら)、漫才を楽しんで笑ってる。 今日は店は休みだ。

僕は漫才なんてどうでも良かった。 見てはいたが視てはいなかった。 面白いことを言っているのは解ったが、笑えなかった。



クリスマス以来、草野さんと会っていない。 会えてない。

正月を迎えても彼女からの連絡は無く、メールをしても返信が来ない。 昨日、夜に電話してみたが、留守電だった。


どうも胸騒ぎがしていた。 草野さんは明らかに僕から遠ざかってる。
短期間で結ばれたからか? だから短期間でこんなに荒むのか? それとも、荒んでるのは僕だけか?


「ん!」


餅を二つ平らげた頃、待っていた着信音が携帯から鳴り響く。 草野さんからの電話にだけ鳴るよう設定したメロディーが、ここんところすっかり闇然としていた心を空高くまでに蹴り上げた。

ウキウキと携帯を取り出しながら立ち上がり、急いで居間から出ると、階段を上って自室に入った。


「もしもし!」

『うるさいよ』


気持ちが余って、つい大きな声を出してしまう。 間髪入れずに、待ち焦がれていた彼女の声がツッコミを入れた。

その声には暖かみがあり、僕を安心させた。 まだ大丈夫だと思えた。


『今から会える? 話があるの』


断る訳がない。

電話を切った後、僕はいそいそと上着を着て外に出た。 空は白くて、冷えた空気が鼻に突き刺さる。





階段を下りて表の通りに出ると、10メートルほど離れた場所に望んだ姿があった。


正月で人通りが多い中、ベージュのコートに素足にブーツという出で立ちの彼女は、見た目の美しさからか浮き世離れした雰囲気からか、行き交う人々とは違う世界に居るように見えた。











あれ? と思った。




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