君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
目が合っても何時ものように笑ってくれない。 口は笑みの形を作ってはいるが、笑っていない。
「どうも」
その挨拶も変だった。
そして僕の直感は警鐘を鳴らした。 何が起こるのか、解ってしまった。
「ひ、久しぶり…………」
「別れよう」
僕のぎこちない挨拶を遮って、草野さんは早速本題を切り出した。
反応に困って、静かに自分を見据える2つの洞窟を見つめ返した。 その瞳は寸分も動かなかった。 黒目に僕の情けない顔を映したまま、時を止めたようだった。
「君が嫌いになった。 他の人と付き合うことになった。 以上」
抑揚の無い声で事務的に言い終えると、「さよなら」彼女はさっさと僕に背を向け、早足で歩いて行った。
小さな背中が、人混みの中へ消えていく。 僕はそれを見ながら、ただ立ち尽くしていた。
彼女を呼び止めようと口を開いてみたが、息が苦しくて声が出ない。 走って追いかけたかったが、足が地面に張り付いて剥がれない。
あっという間だった。
一分もしないうちに別れ話を済ませ、草野さんは僕の前から消えた。 メールも電話も、全く通じなくなった。
「…………」
あれから、僕はロボットのように歩いて帰宅し、幽霊のようにベッドに寝そべった。 天井の模様を眺めるだけで、他に何も出来そうな気がしなかった。
死んでしまいたかった。
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