君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
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少女は歌い終えると、カップに残ったカフェオレを一気に飲み干した。
「もう夜中の3時なので、帰りますね」
よく通る、透明な印象のある声が、僕の耳に届く。 僕は努めて寝たフリをし続けた。
声の美しさ、姿勢や仕草に宿る独特の雰囲気。 先ほど腕の隙間から覗いた姿は、どうも小柄で弱そうだった――――まあ、後ろ姿だが。
料金を払った後、少女はギターの入ったケースを背負ってカフェから出て行った。
「起きてんだろ、お前」
店のオーナーが、僕の前に淹れたてのブラックコーヒーを置いた。
「何で家で寝ないんだ」
狸寝入りを見破られた僕は、わざと拗ねたように唇を窄めながら顔を上げた。
「楽しくないから」適当に答えると、「バカか」と一刀両断された。
僕は不満に思った。 なんであの少女は可愛がるくせに、自分にはこんな待遇なんだ。 自分が男だからだろうか。 そんなに若い娘が好きなのか。
「なんかもう、色々と解らなくなるんだよ、家は」
「意味解んねえよ」
マスターは僕の座るテーブルに尻を乗せて、呆れたような溜め息を吐きながら腕を組んだ。
「なあ、親父」
「なんだ息子」
「……あの女の子、誰?」
「どこから見てた? っていう常連客なんだが、なんで知らない?」
「寝てたからに決まってんじゃん。 ――――あの子が“なごり雪”歌い出した時に声で目が覚めた」
ぶん殴られた衝撃に似た感覚で目が覚めたのだ。 かといってそれは痛みではなく、ずっと求めていたくなるような欲求にも思える。
「拭けよ、それ」
マスターはテーブルから尻を上げ、カウンターの上にあった布巾を投げて寄越した。
僕はそれを清潔なものだと信頼した上で、自分の涙で濡れた腕をまず拭き、テーブルを拭いた。
そうなのだ。
不覚にも僕は、あの少女の歌声に泣いた。
敗北感と感動と、言い知れぬ渇望が混ざり合って、涙となって流れ出た。
テーブルを拭きながら、僕は心の中で願った。
あの少女が二度と僕の前で歌いませんようにと。
「親父」
「なんだ? メシ食うか?」
「いい。 いらん。
――――しばらくこの店にも来ないかもしれん、僕は」
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