君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を






「お仕事、お疲れ様です」


申し訳なさそうにしている俊太郎に敬語で言うと、飲み終わったカフェオレのカップの脇に代金をぴったり出して置いた。 「僕が払うよ」と言い出したその体を出口に向けさせ、背中を押して外に出た。


俊太郎の持ってる傘はびしょ濡れで、それを見て天気は土砂降りだと悟った。 しかし私が外を歩いていた時分には空が曇っているだけだったので、私自身は傘を持ってない。


商店街から出て、俊太郎の家に向かう道で、彼は私の肩を抱き寄せて傘を差した。 暖かかいし嬉しい。


「忙しかった?」

「うん。 向こう三週間分の仕事を一気にこなしたからね。
 だから明日から三週間、休みだよ」

「本当?」

「本当。 いつもはこんなに忙しくないもん」


冗談っぽく言って、俊太郎は頬を膨らませた。 人差し指を頬に押し付けると、彼の口から「ぶーっ」と空気が漏れた。
そして二人で笑った。 その笑い声が合図だったかのように、雨足が緩くなった。


空を見上げてもただ灰色が広がっているだけで、美しい景色とは思えない。 しかし、私の目には素晴らしいもののように映った。


「何ニヤニヤしてんの?」

「んー? 俊太郎に会えて嬉しいんだよ?」

「…………もう」


怒ったような口調だが、俊太郎の表情は満更でもない様子だった。



やがて俊太郎のアパートのエントランスに入ると、彼は傘を閉じてバサバサと水を切った。 水滴が跳ねて、少し長めの髪の毛に付く様を、私は後ろから見ていた。 電灯の光にキラキラしていた。

なんでもない事かもしれないけど、私はそのなんでもない事が好きになった。









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