君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
それから一週間後の夜。
オジサンの許可を得て、三日前からカフェの前に座って歌うようになった。 いわゆるストリートライブという部類に分けられる行為なのだろうが、如何せん人通りは無いに等しい。
何しろ夜中だ。 人通りが多いわけがない。
「鍛え抜かれた其の左翼で
他人を洗脳しておくれよ
正しさ何て君も解らない
解る人間何て居やしない」
人気が無いほうが、私も都合が良い。 正直、人は苦手だし。 それに只歌いたいだけだもの。 一応、足元にギターケースを開いて置いてあるが、形だけだ。 こんな方法で貰わなくてもお金はある。
「其の空っぽ頭を撃ち抜いてやろう
然し其の頭は無駄に石頭
死んでるなら死んでるって言え、当の昔に」
段々と歌うのにも慣れてきた。
父親の腐ったような双眸を頭に浮かべながら歌うと、自然と喉に力が入ってしまう。
どんなに叫んでも、ここなら平気だ。 周りに住宅は無いし、何度も書くが、夜中だからだ。
夜中は好きだ。
なんてったって静かだし、昼間よりも面倒くさい人付き合いも極端に減る。
私はここで歌う。
誰にも聴かれなくても構わない。
歌うという目的だけだから。
でも、心の中で少しだけ、望んでいる事がある。
いつか、“彼”と一緒に歌いたい。
まあ、ただの夢物語だが。
ちなみに、
「つぐみちゃん、クッキー焼いたけど食べる?」
「食べます!」
このカフェの前で歌う理由には、こういう事もあるのだが。
………………………
………………
………
「おーい、俊ちゃん」
恵美が僕の背中に抱き付いてくる。
「終わった? ――――ねぇ、終わったぁ?」
彼女は裸であり、僕も上半身裸である。 抱き付かれた背中に女性特有の柔らかい感触を覚え、わずかに集中力が削がれたが、どうにか止まった。
「邪魔しないで」
「意地悪」
「嫌なの?」
「好き」
………“嫌”と言われたらさっさと追い出そうと思ったのに。
椅子に座る僕の前にはパソコンデスク。 勿論パソコンが乗ってる。
パソコンの画面には、五線譜が表示されており、現在製作中の楽曲の旋律が、いわゆるオタマジャクシの形で並んでいる。
詰まらない曲になるだろう。
安い歌詞を乗せられ、安いアレンジをされ、安い歌手が安く売り出して、頭の空っぽな連中が簡単に感動して。
最終的に作曲した自分の価値も安くなるのだろうか?
。