君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
翌日。 全く眠れなかった。
邪魔な恵美を早々に帰らせ、一日中デスクに座っていたが曲は出来なかった。
そして夜に、一週間ぶりにカフェに行ってみた。
二度と来ないつもりだったのだが、残念ながらこの店は家よりも居心地が良い。
人気の無い商店街を、背中を丸めて歩いた。 寒くて仕方ない。 そういえば、もうすぐクリスマスだ。 恵美がやたらうるさくなる季節だ。 やっぱり別れようか。
カフェから少し離れた場所からでも、誰かが歌っている声が聞こえている。 それが誰かは薄々解っていたが、気付かないふりをしてみた。 しかし心の隅では逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
そして――――……、
カフェの前に立つ小さな人間を見て、いよいよ僕の足は地面に縫い付けられた。
少女はまだそこに居た。
僕が憎んで羨むその声で、嫌味な歌を高らかに歌っていた。
「鍛え抜かれた其の拳で
他人を殴って何に成る
正しさは強要出来ない
無理矢理聞かせど意味は無く
君の一番伝えたい事は
君が一番伝えられない事
余りにも気持が強くて
相応しい言葉が出ないくせに」
以前に聴いた「なごり雪」の時とは、全然違う雰囲気だった。
以前のは、薄く柔らかい布で全身を包むような声だった。 今歌ってるは、心臓に直接注射針を刺され、一気に薬品を注入されたように痛みを与えられた。
なんで、こんなに才能のある人間がここに居るんだろう。 さっさとオーディションなり何なり行けばいいのに。
少女から目が離せなくなった。
足も動かなくなったままだ。
「何を信じたら救われる
何を信じたら正しいの
何が僕等を救うのかい
何が世界を変えるのかい」
知らねーよ。
知るわけねーよ。
そう小さく僕が呟いた直後、少女は歌を止めた。
一瞬、僕の声が聞こえたのかとびっくりしたが、どうやらちょうど歌が終わったらしい。
カフェからマスターが出て来て、クッキーを焼いたから食べようと言い、少女は食べると言った。
マスターが中に入り、少女はギターを肩から下ろしてケースに入れはじめた。
ギターのストラップを肩から外そうとしてそれが何故か首に絡まり、首から外してケースに入れようとしたが何故かギターを入れる直前にケースの蓋が閉まってギターを挟み、ようやくギターを入れてケースを持ち上げようとしたら留め金を嵌め忘れてギターを地面に落としたり。
見ていて退屈しないドジっぷりである。
「あー…………」
かなり距離があるが、少女の悲しそうな声が僕の耳にも届く。 思わず小さく笑ってしまった。
そしてすぐに、落ち込んだ。
自分には到底書けないような曲を聴かされた。 とてつもない敗北感だった。
。