君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
彼女はまず、そのバットで廊下側の窓を打ち割った。
立ち上がって悲鳴を上げながら逃げ出す生徒らを追い詰めるように、彼女は華奢な足で机を蹴り飛ばし、椅子をバットで叩き、教室中の物を壊していった。
やがて生徒は全員、教室の窓際の隅に追いやられた。
彼女はバットを振り回していた。 無表情で。
大きな目はただ開かれただけで、キラリとも光らなかった。 恐ろしい位に美しかった。
教室の入口に、一時間目の授業の担当である女性教師が姿を現したが、教室内の光景を確認した直後すぐに走りだした。 他の教師を呼ぶのだろう。
その足音が合図だったかのように、彼女はいきなり動きを止めた。
正気を取り戻したようだった。 不思議そうな表情で教室を見渡し、バットを見て首を傾げた。
やがて彼女は状況を理解し、続ける事を決めたのか、また近くの机を蹴り倒した。
それは僕の机だった。
机の上にはチャックが開いたままのペンケースがあり、それが彼女の足元に落ち、中身が床にぶちまけられた。
「…………」
ペンに混じって、カッターナイフが入っていた。
それは彼女から一番遠い所に転がっていき、壁にぶつかってカツンと音を立てた。
彼女はそれをジッと見ていた。 取り憑かれたように、穴が開くように。
朧気な足取りでそちらへ向かい、床に膝をついて座ると、カッターナイフを手に取った。
僕は、――彼女が何をするか解った。
僕は生徒らに押されるようにして、教室の隅の――――本当に隅に追いやられていた。 生徒らの一番後ろの所で、ほとんど身動きが取れなかった。
生徒らの頭の上から、彼女がカッターナイフを手にしたのを見て、
「やめろ」
自分でも驚くような、低い声が出た。
近くにいた女子生徒が振り返った。 僕はその女子生徒を片手で押しのけ、さらにその先にある生徒らの壁を、力ずくで開いていった。
その壁は思いの外手強かった。 なかなか前に進めず、僕は息を切らしながら人混みを掻き分けた。 ほんの数秒だったのだろうが、僕には何分にも感じられた。
やっとの思いで最前列の人垣を抜けた。 机や椅子が散乱した教室の片隅で、彼女は僕のカッターナイフを右手に握り、座っていた。
カッターナイフの刃は全部出されており、僕が彼女の元へ駆け寄った時には、すでに手遅れだった。
彼女の手首には新しい切り傷がいくつも付けられていた。
傷口から濃く黒に近い色の血液が流れ出し、皮膚を伝って床に落ち、やや色が薄まって鮮やかな赤色に変化していた。 彼女はゆっくりとカッターナイフを手首に近づけ、再度切ろうとした。
僕は彼女の右手を掴み、カッターナイフを奪った。 彼女は抵抗もしなかった。 ただ呆けて宙を見ているだけで、僕の存在にも気付いてないみたいだった。
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