君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
元彼氏は私がやって来ることに気付くと、不思議そうな表情を作った。 だがその表情になる直前、一瞬だけ悪どい笑みを浮かべたのを、私は見逃さなかった。
「どうしたの?」
とわざとらしく訊いてくる元彼氏に詰め寄って先方のポケットに手を突っ込むと、携帯を取り出した。 何するんだと手を伸ばすそいつの股間に膝蹴りを入れて一時的な無能状態にしてやり、携帯の送信フォルダを開く。
「…………へぇ。 私ってクスリキメたり援交やってたんだ。 知らなかったわ」
明らかに有罪だった。
昨日の夜中に送信済みのメールは何通かが同じ内容で、私のクラスの人間のほとんどに送信されていた。 私の嘘の噂。
しゃがみ込んでいた元彼氏の頭に花瓶の水を菊の花ごとぶっかけてやり、携帯も床に放り投げた。
その日は花瓶と上履きの紛失以外は何もされなかった。 やられたらやり返すつもりで武者震いすら押さえきれなかったというのに、とんだ肩透かしだ。
あれから二日間程元彼氏は休んだらしいが、自業自得だと思う。
それから暫くは、クラス内で微妙な無視をされているだけだったが、ある日一人の女子が本格的に行動を起こした。
元彼氏が送り込んだ刺客といっても間違いは無い。 クラスで数少ない「バカ」の部類に入る女子を誑かしてまんまと恋人にすると、そいつを使って私への嫌がらせを開始したのだった。 一人のために大勢巻き込んで、何が楽しいものか理解に苦しむ。
とにかく、その女子のお陰で沢山のことを経験できた。
トイレの個室に閉じ込められて上から水を掛けられる――――経験した。
持ち物を捨てられたり、隠されたりする――――経験した。
体育館で全校集会をするとき、鮨詰め状態を利用して複数の男子に囲まれ、身体を触られる――――経験した。
正直、辛いとは思わなかった。 自分でも不思議でならなかったが、何をされても何も感じなかった。
いや、何か感じてはいるけど、それは自覚できない潜在的な所でのことだった。
そもそも、生来何が楽しいのかも解らなかった。
心が跳ねるような気持ちや、沈むような気持ちが、全く解らなかった。
自分が寂しいのかも知らなかった。
寂しいのは普通のことだと思っていた。
友達や家族と話すことも、遊ぶことも知らなかった。
傷付いてる自分に、気付くことが出来なかった。
だから自分でも、どうすることも出来ずに居たため、あんな事件を起こしてしまった。
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