君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を





そこで演奏を中断しても、なんだか気まずくなるだけだろうから、僕はギターを弾き続けた。 女の子は歌いながら、ゆっくりした足取りでこちらに近付いてきた。


「ぐわっぐわっぐわー」


ノリで歌ってるわりには全く楽しくなさそうだった。 しかしこういう人は、見た目にはつまらなそうでも実は内心楽しんでる。 ――――真顔で冗談を言えちゃうような人だ。


「あの、ギターの弦を買いたいんですけど、どれがいいのか解らないので教えて下さい」


女の子はレジの前まで来ると、クールな口調で用件を述べた。 何だか怖そうな雰囲気だが。 大丈夫だろうか僕、ちゃんと接客できるかな。


「あ、はい。 どんな――――……」


ギターに落としていた視線を上げ、女の子の顔を見た僕は、言葉を失ってしまった。

見覚えのある顔だった。
忘れたくても忘れられない顔だった。


「…………あら」


先方も僕を覚えていたらしく、大きな目をパチクリさせた。


「函南くんじゃないか」

「……草野さん」

「あら、覚えててくれたの」

「まあ、ね……。 草野さんこそ」

「だって名字が珍しいから」


ああ、そうですか……。

この女の子は、彼女だった。
かつてのクラスメートで、僕が背中を押して転ばせて、翌日に教室内でバットを振り回して僕のカッターナイフでリストカットをした、彼女だった。


「えーっと、あのー、……元気だった?」

「そうねーあれから一年間は引きこもりやって時間を無駄にしてたけど君はその間のうのうと学校に通って授業中に私を転ばせた時に見たパンツの色を思い出してムラムラしたりしてたんだろうね?」

「…………」


確かに何度か、思い出したけど。 少しは…………ムラムラ…………………………………………………………したけれど。


「あ、ゴメン。 図星だったとは思わなかっだ」

「図星じゃないよ!」

「あらそう? ――――酷いわ、私のパンツはそんなに魅力が無いのね……」

「それはない! 魅力はありました! ――――どんな色でどんなデザインだったか鮮明に覚えてるもん!」

「…………」

「なんだその顔は! 白地に黒の水玉模様でセンターに黒のリボンが付けられた可愛らしいパンツだったと記憶してます!」

「……私でも覚えてない事を、よくもまあ」


しまった。 僕は何を言ってたんだ?

彼女――草野つぐみは、冷めた目で僕を見ていた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………いらっしゃいませ、ギターの弦をお探しですね」

「今更なかった事にしても無駄だよね」


はいすいません。
よく見れば草野さんはギターケースを背負っており、小柄な体には大きすぎて、バランスを崩さないのかと不安になる。


「ほっとけ。 で、何のギターの弦?」

「この前ここで買ったの。 1ヶ月前くらいに」

「……ギブソンのアコギ?」

「うん。 ギブソンのアコギ」


そう言って、彼女は背中のギターケースを下ろし、蓋を開けて見せた。 それは僕が求めていたあのギターだった。 五番目の弦が切れている。


「ギターの弦ってどうやって換えるの? 独学で始めたから全然わからん」

「…………」

「あ、店の店長さんがこれ売ってくれたんだけどさ、良い人だねー。 実は他にこれが欲しいって人がいたらしいんだけどさ、“そいつはいつか自力で買うからいいよ”って」




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