君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
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僕の家は楽器店のあるビルの中にある。 四階建ての三階と四階に、両親と姉ちゃん夫婦と僕と一歳になる妹とで住んでいる。
姉ちゃんの旦那さんは、どっかの眼鏡屋さんの店長をやってて、彼の人生には姉ちゃんと出会うまで楽器の“が”の字も出なかった。 もちろん楽器は弾けない。 歌も音痴だ。 姉ちゃんは、眼鏡を作って後日取りに行くのを面倒くさがった父さんの代わりに眼鏡屋に行き、その旦那さんと運命的な出会いを果たした。 ますおさんみたいな旦那さんと。
妹の名前は“レイ”で、カタカナ表記である。 いい歳こいてアニメオタクな父さんが付けた。
始めてその名前と由来を聞いた時は、……どんな顔をすればいいのか解らなかった。
僕の部屋はビルの四階にあり、窓はアーケードより一メートルほど上に出ているので、日当たりは良い方だ。
朝起きたら雪が舞っていた。
空はどんよりと曇っていたが、僕の心は非常に晴れやかだった。
今日は草野さんとのデート(だと僕は思っているのだが彼女は違うだろうな)の日である。 昨日から頭の中で何度もシミュレーションしている。 どうにかして仲良くなって、――――せめて連絡先は交換したい。
待ち合わせの時間は午後8時なので、学校から帰ってから五時間近く、家でスタンバイする事になる。 大丈夫だ、店番してれば余裕で待てる。……と思う。 正直、待ち焦がれてイライラする可能性がある。
まあ、僕はそれから着替えて朝食を摂って、学校に行ったはずなのだが、残念ながら草野さんとの待ち合わせで頭がいっぱいだったので、あまり覚えてない。
受験シーズン故に、周りの皆はピリピリしている。 何時もはその中に居ると心地が悪くて、早く帰りたいと思って過ごすのだが、今日ばかりは違った。
「お前はいーよな親の店を継ぐから受験なんか関係なくてさ」なんて嫌味を友人に言われても、笑顔で「だよな」と答える事が出来たし、用を足そうと入ったトイレの便器がとんでもなく汚れていても、朗らかに笑いながら掃除が出来た。
そして気付いたら帰宅してたし、気付いたらエプロンを付けて店の二階の片隅に座っていた。 さっきから時計を睨み付けてるだけであり、接客をする気はゼロに近い。
時刻はようやく午後6時になったばかりだ。 あと二時間。
我ながら、今の自分は笑える。
女の子との待ち合わせ一つで、こんなに有頂天になる。 所詮はまだ尻の青いクソガキだ。
まあ仕方ないと思う。 経験の無い事を、余裕綽々でこなせるわけが無いだろう。
草野さんは、どうなんだろう?
今頃、僕と同じようにソワソワしたり――――……、しないんだろうな。 彼女はそういうのに慣れてるように見える。
というより、むしろどうでも良さそうに見える。
クラスメートだった頃から、あんな感じだった。 誰に対しても淡泊で、誰にも本音を明かさない。 誰も彼女が何を思って何を感じているのか、解らなかった。
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