君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を





でも昨日、ギターを弾き終えて僕に笑い掛けた時の彼女は、やはり何を考えてるのか解らなかったが、あの頃の彼女とは何かが違った。

優しくなったというか、人間らしくなったというか。 どう表現すればいいのか解らないけど、とにかく彼女は、以前よりも魅力的になったのは間違いない。


それにしても、彼女は何であんなにギターが上手だったんだろう?

僕だって五年間ギターを弾き続けて、それなりの腕前を持っているつもりだ。 しかしながら彼女のギターは、僕よりも遥かに巧かった。

技術云々の問題ではない。 彼女の弾いた音が、ただ無条件で僕の心をひっ掴んだ。


もっと彼女のギターを聴きたいと思ったし、彼女のギターが羨ましいと思った。
彼女には才能がある。 きっとそうなのだ。


彼女も、そして彼女の弾くギターも、大好きだ。
だから僕は午後8時が待ち遠しい。


「遅い」


壁に掛かった時計の針の進捗の鈍さに、思わず声を漏らした。


「遅い遅い遅い遅い遅い」


貧乏揺すりも始まった。 一時もすればイライラしすぎて叫び出すかも知れない。


僕はどちらかというと大人しいほうで、彼女が出来た事は…………一度もないし、ケンカも勿論した事ない。 こんな風にイライラする事があっても、今まではグッと堪えていた。

こんな事は初めてだ。 僕は馬鹿になったのだろうか。



イライラを誤魔化すにはコレしかないと、僕は傍らで壁に立て掛けてあった自分のギターを手に取る。

いつものようにビートルズとBUMP OF CHICKENのどちらかを弾こうと考えながら、ピックを摘む。


「こんにちはー」


弾く寸前、丁度タイミングを見計らったかのように、階段から一人の人間が上って来た。


「邪魔だった?」

「いえ! いらっしゃいませ!」

「急に生き生きしだすね」


草野さんだった。
腰をベルトのような物で絞るデザインの黒いコートを着ており、丈は膝下辺りまでだ。

そこから伸びる細い足が、眩しい程に白い。
というか生足だ。
しかもコートの下からスカートの裾とかが見えない事から、多分ミニスカだ。
それかショートパンツだ。
どっちでも似合うだろうから良い。 むしろそんな服を着てくれた彼女に感謝したい。

細い足に履かれた黒いミディアムブーツにヒールあるので、小柄な彼女の身長が少し高くなってる。

そのブーツのヒールをコツコツ鳴らしながら、草野さんは僕の前まで来た。


「暇だから来た」

「暇って…………」

「迷惑?」


迷惑だと思ってない事を解ってるくせに、彼女はわざとらしく悲しそうな目つきで僕を見てきた。


「迷惑じゃないけど……」

「そっか。 ――――君が約束の時間まで相手に会わずにヤキモキする心境を味わうのが快感だと思えるマゾヒストだったのなら、帰るけど? そして二度と来ないけど」

「いやいやそれはない。 っていうかそんな心境もうたくさんです」

「“もうたくさん”? もしかして一日中?」

「――――ヤキモキしてた」


なんだか恥ずかしくなって、僕は彼女から目をそらしてギターへと視線を落とした。


「…………。 ははっ」


一拍おいて、軽く鼻で笑う彼女の声が頭上でする。 こういう時は、いっそ大声で笑ってくれた方が、気が楽になるのだが。



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