君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を




「店の閉店時間は10時だよね? やっぱ8時に待ち合わせするのは迷惑だった?」

「いや、別に? っていうか何それ」


彼女の発言に違和感を感じた僕は、顔をしかめた。


「どういう事?」

「そんなに気遣うような事言うとは思わなかったよ。 ――――意外に可愛げあるんだね」


少し皮肉っぽい口調で答え、僕は自分の座っていた椅子から立ち上がった。 「座れば」と勧めると彼女は素直に従った。

次いで僕は少し離れた場所にある椅子を持って、草野さんの隣に置いて座った。 ――――座っ……た。


内心、かなり舞い上がっている。
自然に行動したつもりだったが、草野さんの目にはどう見えたんだろう? ぎこちなくなってたりしただろうか? また鼻で笑われたりしないだろうか?

っていうか好きな女の子の隣に座っただけでこんなに舞い上がるなんて、僕はどんだけ純情なんだ。


「どんな曲弾くの?」


しかし彼女は、僕の一連の動きを全く気にしてない様子だった。 少し安心した。


「好きなのは、ビートルズとかBUMP OF CHICKENとか」

「あー、確かに良いよね」

「草野さんはどんなのが好き?」


草野さんは壁に寄りかかり、店の窓から外を眺めていた。 鼻筋から口元、喉元へと繋がる輪郭が、綺麗で見とれた。
彼女はしばらく答えなかった。 ゆっくりとまばたきを繰り返し、やがて目を閉じてため息を吐いた。


「PAPERBACK WRITER」

「あれか。 僕もよく聴くよ」


五年前にデビューしたバンドだ。 始めは然程話題にはならなかったが、一年くらいして出したシングルがドラマの主題歌になり、そこからジワジワと人気が出てきた。


「何の曲が好き?」

「大体好きだよ。 新曲の“雑踏”も好き」

「あ、それこの前シングル買ったよ。 何かよく解んないけど、嫌いじゃない曲だった」

「――ちょっと貸して」


彼女は僕の方を向くと、ギターに手を置いた。


「貸ーしーて。 弾ーかーせーて」

「えー……?」


わざと渋って見せた僕に、彼女は唇を尖らせた。 子供らしい表情が可愛らしかった。


「函南くん。 遥くん」

「…………」


名前で呼ばれ、健気にも僕の心臓は鼓動を早める。 女の子みたいな自分の名前も、少し好きになった。


「ほらよ」


思いっきりニヤつきたいのを我慢しすぎて渋い顔になりながら、彼女にギターを渡した。 その時、草野さんの指と僕の指が触れて、健気な僕の心臓はまた鼓動を早めた。


「有難う。 チューニング合ってる?」

「普通に、いわゆるレギュラー・チューニングですけど」


僕からピックを受け取り、確かめるように数回ストロークして、彼女は弾き始めた。



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