君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
「肩を叩かれない様に 早足で歩いて逃げて行く
心がベットリ張り付いた 僕の掌」
彼女が小さく歌い、僕のギターで伴奏を弾いていく。 それが先ほど話題に上がった“雑踏”という曲である事に、僕はすぐに気付いた。
「闇の中に生きて居る そう思いたくて
だから僕は泣くんだ」
鳥肌が立った。
彼女の弾くギターも、歌声も、あまりにも僕には尊すぎた。
「――へへっ」
一度演奏を中断して、草野さんは僕を見て得意気に笑った。
彼女にキスしたい。
そう思って顔を近付けそうになったが、その前に草野さんはギターに目を落として演奏を再開した。
「声を聞かない様に 耳を塞いで踞る
血糊がベットリ張り付いた 僕の頭の
五月蝿い音を消したいの もう厭になる
だから僕は泣くんだ」
ギターをかき鳴らし、伏し目がちだった彼女が天井を仰ぎ、長い睫毛が頬に影を落とす。
「全部嫌いじゃないよ 君が大好きだよ
全部憎んじゃ居ないよ 君が大好きだよ
死にたくなんかないよ 君が大好きだよ
僕の全てが君だから
君に伝えたくて でも不器用で
悲しくなって居るよ 君が大好きだよ」
原曲より一オクターブ高い声は、細く切れやすい糸を震わせたように繊細で、矛盾して力強さもあった。 言い知れぬ感動が込み上げてきて、僕の視界は涙で曇った。
慌てて目元をこすり、目が痒いフリをして数回それを繰り返した。 ギターを弾き終えた草野さんはそんな僕を見て、面白がってる調子で「大丈夫?」と訊いてきた。
「大丈夫。 逆さ睫毛だから」
「酷いなら眼科行って睫毛抜いてもらえば? もしくは自力で抜きな」
「いや、自力は無理でしょ」
そう言うと、草野さんはキョトンとして
「私も逆さ睫毛だけど、――自力で睫毛抜いてるよ」
「は? マジで?」
「マジで。 毛抜きと鏡使って抜くの。 痛くて涙出るけど、眼科の方が私は怖い」
「なんで? 自力の方が怖くね?」
「眼科では睫毛の根元辺りに麻酔を注射するんだよ。 至近距離で注射針見るのは本気で怖いよ」
…………確かに、怖いかもしれない。
でも至近距離で毛抜きを見るのも、怖いかもしれない。
「はいギター。 有難うね」
「ああ、うん。 ――――どこらへんを抜くの?」
「目頭側の下睫毛が一番酷いから、そこらへんを中心に」
「…………頑張るねえ」
「病院に行って専門家の処置を受けたくないだけなんだけどね」
アッサリと自分の愚かさ(というかムチャクチャ加減)を認め、肩を竦めた。
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