君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を




こういう時、彼女の勘の良さが有り難くなる。 僕は細かく数回頷くと、草野さんの方を見た。 草野さんも僕を見ていた。


「キスはした。 けどそれだけ」

「キス…………」

「ディープではない」

「……あああー………………」


安堵した僕は、思わず草野さんの肩に腕を回して深いため息を吐いた。


「良かったぁぁ…………」

「重い重い」


苦笑する草野さんの声を耳元に聞いて、僕は自分がした行動を自覚した。 何とも馴れ馴れしい事をしている自分。 彼女は怒るかと思っていたが、そうではなかった。 楽しそうに笑っている。


「ごめん」


と僕が草野さんから離れると、今度は彼女の方が寄りかかってきた。


「仕返し」

「……重いよ」


冗談のつもりで言うと、草野さんはパッと僕から離れて、泣きそうな顔をした。


「…………傷付いた」

「ご、ごめん! 冗談……――――」

「知ってる」


僕が慌てて謝ると、あっさりと笑顔になった。 悪戯っぽく目を光らせ、彼女は僕の手を掴んできた。


「あっち、もうすぐだから」


そう言って指差したのは、僕も知ってる店だった。

うちの楽器店と同じ商店街にある、24時間営業のカフェである。 雰囲気が落ち着いていて、前々から行ってみたいと思っていたのだが、どうしても一人では行きづらいと後込みしていた。


「いつも行ってんの?」

「うん。 一人暮らしだからいちいち料理したくないし、オーナーの許可を得てたまに店の前で歌ってるの」

「歌うの?」

「うん。 暇つぶしに。 自分で作ったやつを」

「…………作るの?」

「うん。 暇つぶしに。 ギターで作ったやつを」


ギターの才能も歌の才能もあって、曲まで作れるのか。 天は二物を与えずっていうけど、――――完璧に嘘じゃねーかよ。


彼女に手を引かれ、カフェの中に入る。 まだ8時だというのに、あまり客は居なかった。 奥の四人掛けの席で突っ伏して眠る白いシャツ姿の男性が一人と、窓際で読書を嗜む中年の女性が一人居るぐらいだ。

カウンターの中に居たケイスケ・クワタ風の見てくれをしたオーナー(らしい風格がある。 っていうか彼以外に店員が居ない)が、僕らに気付いて


「こんばんは、つぐみちゃん。 今日はお友達と一緒?」


と、親しみやすい口調で声を掛けてくる。 僕は「こんばんは」と挨拶し、彼女は「お腹空いた」と、礼儀もクソも無い事を言い返した。



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