君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を






オーナーは彼女のそれに慣れているのか、「今日はカレーがオススメだよ」と答える。


「じゃあ、オムライスにします」

「おいおい」


軽口を叩きながらカウンターに座る彼女に続き、僕も恐る恐る隣に座った。 


「じゃあ、僕がカレー頼みます」

「気を使わなくてもいいのに。 君、函南さん所の息子さんだろ?」

「あ、はい。 そうです」

「昨日の昼にご両親が来たよ。 お父さんに目がそっくりだねえ」

「どうも…………」


その“お父さん”は先ほど息子にコンドームを手渡ししてましたよ。


「男らしい人だよねえ。 同性として羨ましいよ」


その“男らしい人”はアニメオタクで、去年生まれた娘にアニメキャラの名前を付けましたよ。


「函南くん? なんか複雑そうな顔してる」

「まあ、父親の本性を知ってる身内ならではの心境……」

「ああ……、解るわ」


注文したオレンジジュースにストローを入れると、おもむろに口を付けて飲みだした草野さんは、遠くを見る目をしている。


「なんかあるの? 草野さんの親」


彼女のお父さんは、最近よくテレビのワイドショーでコメンテーターをしているのを見る。 お母さんも、確か有名なデザイナーの“草野聡美”って人だ。 高校入学当初に、既にその話は周りに広まってた。


両親揃って有名人で、それでいてお金持ちな家庭。 傍目からは羨ましいと思うのだが。


「親だとも思ってないから」


その一言で、分厚い壁を作られたような気分だった。 堅く冷たい声。


「死ねばいいよ、あいつら」


目を伏せ、そう吐き捨てた。
僕は思わずムッとした。 親の事をそんな風に言う何て、どうしても許せない。

僕は自分の親を愛してる。 例えアニメオタクな父親でもだ。 だからこそ親の事を侮蔑するような言葉は、誰の口から聞いても、誰の親の事を言ってようとも、頭に来てしまうのだ。


「駄目だよ、自分の親をそんな風に言っちゃ」

「………………」


軽い調子を装ってはいたが、内心はかなり憤慨している。 それを察したのか、草野さんは僕を横目で一度見やり、


「そうだね、――――ごめん」


と言って微笑んだ。 その微笑みが、何だか悲しそうに見え、僕はそれを見て急に怒りが消えてしまった。 申し訳ない気持ちになった。

考えてみれば、他人の家庭だ。 親を憎む理由があるのかも知れない。


「僕もごめん……」

「何で謝るのよ」


と、呆れたように笑われた。










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