君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
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食事を済ませ、暫く二人で話した。
僕の父親の話、彼女がよく読む本の話、僕の妹の話、彼女最近見たニュースで感じた事――――………………。 とにかく沢山話した。
僕は何時も以上に沢山笑ったし、彼女も沢山笑っていた。
途中、カウンターの奥から裏方に引っ込んでいたオーナーが出て来て、店の片隅で眠っていた男性の前に水の入ったコップを置いた。
「あの人、いつもあそこで寝てるの」
「しょっちゅう来るの?」
「うん。 ――――家で寝りゃいいのに」
「まあ、あの姿勢だと背中痛くなるし、…………先生に叱られるし」
「授業中に居眠りしたな。 いけないんだぁ」
「だってさ、体育の後とかはマジで眠いよ?」
カフェから外に出た頃には、すでに真夜中近い時間になっていた。 こんなに遅い時間になるまで家に帰らなかったのは、生まれて初めてだ。
「寒いねえ」
コートのボタンを留めながら、彼女は「はーっ」と頭上に向けて息を吐いた。 吐息は白い煙のように宙に溶けた。 そしてこちらを振り返って「えへへ」と無邪気に笑う。
「ねえ、結構時間遅いけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ。 さすがにもう子供じゃないし」
彼女は笑った。
二人並んで歩いた。 特に行く宛は無く、僕の家がある方向でもない。 自然と彼女の手が僕の手を握り、僕も握り返した。 自然といっても、僕の胸中は激しく喜びの舞を踊っているわけだが。
「草野さん」
「――――ん?」
「さっきのあれ、どうして?」
「どうしてって?」
「どうして親の事をあんな風に言ったの?」
「――――ああ」
あれか、と。
草野さんは前を真っ直ぐ見たまま、ゆっくりと歩を進めている。 僕の手を握る指に、僅かに力が入った。
「小さい頃からさ、私の親は近くにいなかったの。
っていうか、会った事がほとんど無い」
「ほとんど?」
「覚えてるのは、一回か二回しか会ってない」
「少なっ!」
思わず声が大きくなった。 かなりびっくりした。
普通じゃ、毎日毎日、嫌ってくらいに親とは顔を合わせるものなのに、生まれてこの方、物心ついてから一回か二回しか無いなんて。
「でしょ? びっくりだよね。
毎月さ、バカみたいな大金を口座に振り込むだけの親のクセに、テレビで教育とか語っちゃってんの」
彼女はもう悲しそうではなかった。 親が恋しいようでもなかった。 本当に軽蔑したように、皮肉っぽく笑うのだ。
よく解らないけれど、胸が押しつぶされた。 彼女の手は暖かいのに、彼女の心は冷え切っている。 彼女は笑うのに、笑ってない。
「函南くん」
「…………」
「痛いよ、手」
彼女が言うが、答えられなかった。
彼女の手を放したらいけない。
理屈は無いがそう感じた。
。