君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を





彼女の手は暖かい。 それでいて柔らかい。
僕はその手を強く握っていた。 強く握っていた。


「私の暮らしてるマンションが近いんだ。 昨日借りたDVD、ホラー映画なの。 一緒に観て。
 レクター博士のやつとエクソシスト」


物凄いチョイスだな。 せめて一本ずつ順番に観れば良いのに、一気に借りて観るにしては内容が濃すぎないか?


「映画て…………。 明日学校あるんだけど、僕」

「そんなの、休めばいいのよ」


当たり前じゃないの、といった様子。


「一応、学生………」

「でも親の店を継ぐんでしょ? さっき聞いたよ」

「たしかに……」

「周りが受験ムード一色の中、それとは無関係の君は居心地悪いんじゃない?」

「まあ、ね…………」

「それに、明後日は土曜日で休みだし。 いいじゃん」


何が「いいじゃん」だよ。


「1日くらい休んでも大丈夫よ」


確かに大丈夫だけどね。

でも、良心の呵責というものが……。


「私と学校、どっちが大事なのよ」


どっちがって、…………………君ですよ間違いなく。







彼女が住んでるというマンションは、僕が住んでる商店街からそう離れてはいない所にあった。
白い外壁で五階建ての、まだ新しい感じのするマンションだ。


「四階だからね。 エレベーターに乗るよ」


手を引かれながらマンションの門を潜り、両開きのガラス戸からロビーに入った。 壁に並んだダイヤルポストを何気なく眺め、


「ちょっと待って、草野さん」

「何?」

「あのポスト、――――三階までは五号室分並んでるのに、四階から一部屋分だけになっているのは何故?」

「百聞は一見に如かず」


返答されずとも薄々感づいてはいた。 四階と五階は一部屋だけの金持ち専用なのだろう。


エレベーターが停まった四階に出て、申し訳程度の廊下を数歩歩くと、すぐに黒色の扉の前に来た。 僕は少し緊張していた。 色々な“初めて”が重なっている。

まず、マンションの一階全てが一部屋だなんて事。 ドラマか何かみたいだ。 羨ましい。


そして、女の子の家を訪ねた事が、――――悲しいかな、生まれてこの方一度も無いのだ。 こんなに緊張するものだとは思わなかった。 自分の心臓の音が凄くよく聞こえるくらい、緊張してる。


「何緊張してんの」


ドアの鍵を開けようと、鍵穴に鍵(マッチ売りの少女みたいな格好した猫のあみぐるみが付いてる)を差し込んだ彼女が、不思議そうにこちらを振り返る。 何故、僕が緊張してるって解ったんだろう。

僕は平静を装って返した。


「別に? 緊張なんかしてない」

「声がめちゃくちゃ震えてるよ」


うん、まあ……、誤魔化せるわけがないのは解っていたけどさ。




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