君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を





コートを脱いだ彼女が戻ってくるまで、僕はソファーの前で立っていた。 彼女はそんな姿を可笑しそうに笑い、「座っていいんだよ」と言った。 目が細くなり、それがまるで猫のようで愛らしかった。


「座って、DVD入れるから。 ――――ああ、そういえばお茶と紅茶とコーラとサイダーとオレンジジュースと牛乳と豆乳のどれが飲みたい?」

「コーラ。 っていうか種類めっちゃあるね」

「これくらい常にあるよ」


贅沢だなコノヤロー。
でも愛らしいので許す。


テレビを点けてDVDをプレーヤーに挿入し、彼女は飲み物を取りにキッチンに向かった。

その間僕は恐る恐るソファーに座る。 ソファーのクッションは、かなり具合良く僕の尻を受け止めた。 こんなソファー初めてだ。 きっと超高級なもんだろう。 マシュマロかこのソファーは。


「はい、コーラ」

「ありがと。 このソファーすげー気持ち良いんだけど」

「外国の通販サイトで買ったんだー。 これは“あたり”だったね。 買って良かった」

「外国?」

「買った時に付いてた書類っぽいのはフランス語表記だった。 独学で勉強したから大体内容は解ったよ。
 由緒正しい羊の毛をむしって中に詰めた高級品らしい」

「すげー……フランス語………。 すげー………―――羊の毛」

「この上で寝ても体が痛くなったりしないの。 …………あ、始まった」

「ジョディ走ってる」

「超走ってる」

「函南くんはあんな風に走れる?」

「無理に決まってんだろ」

「威張れる事では無いよね」


二人して背もたれに寄りかかり、DVDを見ながら下らない事を話し続けた。 黙ってじっくりと見る方が、映画の内容を深く理解出来るのだろうが、そんな事よりも僕は彼女と何でもないような言葉をずっと交わしていたかった。

そうしていると、何だか彼女と繋がっていられる気がした。 根拠は無いけれど。

本当は抱き締めたかった。 物凄く力を入れて、彼女を捕まえていたかった。 キスもしたいしそれ以上の事もしたい、かも、…………しれない。



「レクター博士かっこいいなー」

「オッサンじゃん」

「そういう事じゃないの。 こういう冷静で知能のある殺人鬼ってさ、実際には殆ど存在しないじゃん。 頭が良くて計算高い人を映画とかで観るの好き」

「まあね。 僕も好きだわこういうの」

「それに、――――なんか憎めないじゃん」

「まあね」

「まあね」

「まあね」

「なんだよう」

「そっちこそ」


彼女が笑った。 それを横目に見て、僕も笑った。 よくわからないけど、彼女は幸せそうに見えた。


「ね、寄っ掛かっていい?」

「寄っ………!? ―――――あ、はい、どうぞお願いします。 ―――――――っくし!(今のは何故か出たくしゃみだ)」

「…………………………何でやねん」


こんなにスタンダードな「何でやねん」は初めて聞いたかもしれない。

僅かに離れていた距離を詰めて、彼女がゼロの位置に来た。 そして僕の肩に頭を乗せ、ゆっくりと目を閉じた。




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