君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
「眠い?」聞くと、「んー……」と返ってきた。 僕の右腕に両腕を絡ませてくる。 ――――天国かここは。
「眠いなら寝なよ。 僕は帰るから」
「…………やだ」
「何でだよ」
「帰っちゃやだ」
僕の肩に頬をつけ、唇を尖らせて眠気でとろけた瞳を向けてくる彼女。 理性の糸がブチ切れる危険を感じた僕は、急いで目をそらしてテレビを見た。 丁度、グロテスクなシーンだった。
「函南くーん」
「なに」
「一緒に寝ようか」
「え、――――ええっ!?」
冗談だろうと思って彼女を見て、その目がかなり真剣な目だったのでびっくりした。 それはそれは僥倖な事態なのだが、如何せんこういう事にどう対応したら良いのか解らない。
色々と考えた結果、僕は僅かに身を引いてしまった。 本心は違うのだが、結果的に嫌がっているような態度だ。
すると彼女は悲しそうな顔になった。 きっと演技でしたのだろうと考え、「やめてよ!」と言ってみたが、
「…………」
本気で嫌がられたと思ったのか、見る見るうちに彼女の大きな双眸に涙が溜まり、
「うわうわうわ! ごめん! 泣かないで!」
泣かれた。 まさかのマジのお願い「一緒に寝ようか」。
「ううー……嫌われたー…………」
「嫌ってないから! ごめん!」
ボロボロと涙を流す彼女に、僕は狼狽えた。 女の子に泣かれるなんてのも初めてだ。 どうしたらいいんだろう。
「ごめん、冗談だと思ってたんだ……」
「バカたれ」
とりあえず、涙で濡れた頬を指で拭ってみた。 柔らかかった。 指先でつまんでみたかったが我慢した。
鼻水を啜った彼女の目が、僕を真っ直ぐに見つめた。 真っ黒で綺麗な瞳だ。 そこに小さな僕が映ってる。 涙を拭った指を頬に這わせたまま、首の方へ滑らせてみた。
拒否されなかったので安心した。 白い首筋を包むように、手の平を当てる。 細い。 力を入れたら、簡単に首の骨が折れそうだ。
普段は真っ白な彼女の頬が、この時は僅かに薄く桃色に染まっていた。 耳の輪郭をなぞるようにして撫でてみる。 照れくさそうに彼女が笑った。
「くすぐったいよ」
「ごめん」
白い目蓋に血管の色が透けている。 頬に睫毛が影を落としている。 まるで人形のように綺麗だが、昔のようなものとは違う。 以前のマネキンのように無機質で、動いてるのが却って不自然に感じる彼女ではなくなった。
今は、もっと人間味が溢れている。 人形みたいに綺麗だけど、ちゃんと生きてる。 呼吸をしている。 僕を見てくれてる。
。