君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を








翌日。
夜になって、一人でカフェに行った。 ギターも持って行った。
今日も店の奥の席で男の人が眠っていた。


「本能寺の変ってどう思う?」


なんつー話題だと思いながらも、オジサンの問い掛けに「謎だらけですよね」と答えた。 正直全く知識の無い分野だが、オジサンの話は面白かった。


オジサンから本能寺の変の話を聞きながらチーズケーキを食べた。 めちゃくちゃ美味しかった。


「そういえば今日は歌ってくれるの?」


一通りの講談を終え、オジサンが訊いた。


「まあ、あの、オジサンが良いと言うならば」

「全然良いよ。 聴きたいもん」


少年のようにニコニコしながら、そんな事を言ってくれる。 嬉しさと照れくささでいっぱいになった。




いつものようにカフェの前でギターケースを足元に開いて置き、ギターを構えて弾いた。 静かなアーケードに、ギターの音が響く。 なんだか気持ちいい。


「君がトナリに居てくれる事が 僕にとっては大切で
 怖いモノから逃げずに居られる そんな気持ちになるのです」


昨日の朝、函南くんが起きて来た頃に作っていた曲である。 直線的なメロディーに、出来るだけ優しく歌を乗せていく。


「強くなる そう望んでも 簡単にはなれないから
 弱くなる そう怖くなり 藻掻いていたよ」


完全に、函南くんの事を考えながら作ったものだった。

彼が本気で私を思ってるのは、一緒に居てよく解る。 だからこそ彼の事を歌いたいと思って作った。


「少しだけ解るよ
 誰かの苦しみは
 忘れるのに苦労するが
 笑顔になれるのでしょう」


オジサンが店の入り口でそれを聴いていた。 それを意識して、ちょっと緊張した。

ここには居ない人を思い浮かべた。 自然と口元が緩んだ。 函南くんを思い浮かべた。 やはり口元が緩んだ。
素敵な歌声をくれる人と、解りやすく愛をくれる人。 二人とも私には大切な存在だ。


歌っているうちに陶酔が湧き上がってくるのを感じた。 自分が世界の中心になったような、気持ちの良い感覚だ。 全てが愛しくなる。 あれだけ嫌だった自分さえも。


誰かのために歌いたい。
誰かの傷を癒やしたり、勇気を与えたり、希望を持たせたり出来る。 そんな唄を歌いたい。 誰かに何かを与えられた、そう思えるだけで、自分の命に価値が生まれるような気がして、もっと生きたくなるから。



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