君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を





一曲歌っただけなのに疲れた。 運動不足かも知れない。


「ケーキとマフィンでも作ってくるよ。 食べる?」

「食べます!」


オジサンは笑った。 嬉しそうだ。 それを見て、何だか私も嬉しくなった。

店の中に入ったオジサンから視線を外し、頭上のアーケードを見上げた。 夜空が透けて黒っぽかった。


「あなたの夢、希望を
 その手で掴めますか?
 「いつか」を思い描き、生きてる。それだけ」


再度歌い出した自分の声が、見上げたままのアーケードの天井に跳ね返る。 夜の澄んだ空気が心地良い。


「何処かに居る私に
 希望を見せて下さい
 争いの無い世界。
 悲しくない世界

 誰かを苦しめる誰かも苦しくなる
 おんなじ事 繰り返し
 抜け出せないまま

 あなたの夢、希望は
 その目に見えてますか?
 「いつか」を思い描き、生きてる、あなたが」



口笛を吹いた。 高い旋律が生まれる。
そういえば、口笛が吹けるようになったのは何時からだっけ?
たしか、小学生になる前には全く吹けなかった。 中学生になる前には吹けていた。


「――――あっ」


下らない事を考えていたら、手元が狂って違うコードを弾いてしまった。 それを修正して、また歌い出した。

今聞こえている自分の歌声は、我ながら普段の自分とは別人のようだった。 こんなに声が出るとは思ってなかったし、こんなに歌えるとも思ってなかった。


「…………えへへ」


今が幸せだ。
別に、これ以上は必要としていない。
私の周りには優しい人が沢山居るし、自分がやりたい事もある。

以前までの自分とは大違いだ。 もう戻りたくない。


「あなたの夢、希望を
 その手で掴んで欲しい
 「いつか」を思い描き、生きてく、あなたが」


私にしては優しいこの唄に、「プレゼント」と名前を付けた。 特に理由は無いが、それがピッタリだと思った。


「生きてく、あしたも」


今こうして歌ってみると、これは在る意味自分へのプレゼントのような気がする。


ギターの音色が止み、再度訪れた静寂に目を閉じた。


カフェのドアが開き、人が一人出てきた。
私はオジサンだと思い、そちらを向かなかった。 そしてまた歌おうと、ギターを構え直した。













「やめて」





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