君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を




今世紀最大に驚いた。

帰ってしまって既にこの場には居ない“彼”の出した三万円を拾いながら、先ほどのアレは幸か不幸かを考えてみた。


どちらも当てはまる。
遭遇出来た事は非常に幸運だ。 だが返す刀で不幸を与えられた。 どういう事だ、私の唄が「腹立つ」って。

非常に冷たい目で睨まれた。
一体私が何をしたのだ。


三万円を自分の財布に入れるかどうか迷ったが、最終的にはギターの指板と弦の間に挟む事にした。 さっき、オジサンに返して貰うように頼んだが「いやそれは慰謝料のつもりで貰って」と固辞された。


でも私には必要ないものだし、――――有り難く貰って、大好きなミュージシャンにそう言われたからと唄を止めてたまるか、と思った。

がっかりだ。 あんな勝手な人間に憧れていたなんて、自分が恥ずかしい。


「すごい息子さんですね、色んな意味で」


ギターをしまった後、店内に入ってカウンターのど真ん中にある椅子に座った。

難しい顔をしながら私の前に熱々の紅茶を置き、オジサンは大きくため息を吐いた。


「家じゃ満足に寝れないからって毎晩ここで寝るんだよね、アイツ。
 ちょっと前につぐみちゃんがここで歌うようになってからはあまり来なくなったけど、先週くらいからやっぱ寝れないから来るようになった」

「…………なんか、がっかりしましたわ」

「ごめんねぇ」


熱くて飲めそうにない紅茶に息を掛けながら、カウンターに肘をついた。 モヤモヤと嫌な気持ちがする。

あんな奴の曲なんか二度と聴くもんか、と思った。 でもCDとかDVDとか、捨てるのは嫌だった。 やっぱりこれからも聴くんだろうなあ。




“彼”の名前は相楽俊太郎という。
15歳の時に同級生たちと5人でバンド“PAPERBACK WRITER”を結成し、インディーズでかなりの人気を集めるミュージシャンになった。

彼らが20歳になると、バンドはメジャーデビューをした。 あまりテレビには出演しないバンドだが、相楽俊太郎は様々なアーティストに楽曲を提供していて、割と知名度はある。


ミーハーなファンは少なく、どちらかというと流行やノリの良さよりも曲の内容を重視する人らに好かれる傾向がある。


私もそのファンの一人であり、相楽俊太郎に恋愛感情に似たものを抱いていたが、残念ながら先ほど一瞬で萎えた。 ぶん殴ってやりたくもなった。 あと、ちょっと傷ついた。




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