君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を




だが何時までも引きこもっていたわけではなく、今はこうして外にも出ているし、人とも交流している。










変化のきっかけは、そう、10月の終わりが近くなった頃。 リビングのソファーの上で昼間から眠りに入り、目が覚めたのは夜中だった。

堕落してるなあと思いながら、真っ暗な中で周りを手探りして掴んだのはテレビのリモコンだった。

携帯かと思って適当にボタンを押すと、タオルをかぶったテレビの電源が点いた。 携帯は寝室の充電器に差しっぱなしだと思い出した。


夜中の音楽番組だったらしく、知らない歌手の下手くそな歌声が部屋に充満した。 うるせぇなと思いながらも、せっかく点けたのなら見てみようという気分になり、ソファーから立ち上がってテレビの前に行った。 タオルを取って画面を見ると、不細工なツラした女が、偉そうに愛の歌を歌っていた。 死ねばいいのにと思った。


実に不愉快だったが、どうせその不細工がテレビに顔を晒せるのは短い期間だけだろうと思うと少し可哀想になり、チャンネルはそのままにしてソファーに戻った。


やがてブス女が歌い終わり、来週発売されるシングルの紹介が始まった。

様々な歌手の様々な歌のサビだけが流れていく。
なんで、こんなにつまらない歌が売れると思うのだろう。 歌ってる奴らは馬鹿なんじゃなかろうか。 と思いながらボーっと画面を見つめていた。




そして、最後の曲のサビが流れ出した。




その時の私の心情を文字にすると、「!!」だ。 非常にビックリした。

名前くらいは知っていた程度のバンドの曲で、きちんと聴いたのは初めてだった。


画面の中で叫ぶように歌う男性の声に、全神経を集中させた。 じわじわと身体が熱くなる。


男性の、“彼”の歌声は私の心臓を鷲掴みにして、激しく揺さぶった。 知らない内に涙が溢れ出した。

やがて番組が終わって1日の放送が終了し、画面が砂嵐になっても、私は動けないまま画面を見詰めていた。

口元に笑みが浮かんでいることに気付いた。
みるみるうちに活力が沸いてきた。


これだ、と思った。

私がやりたいことは、これだ。






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