君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を





再びベッドから起き上がったのは、午前四時だった。

殆ど目を閉じてじっとしているだけだったが、疲れはわずかに取れた。 もしかすると、一時間くらいは眠れたのかもしれない。

窓の外はぼんやり明るい。 磨り硝子越しに白んだ空と街灯の光が見える。


ベッドから足を下ろし、素足にスリッパを履く。


「あー………」


この発声には何の意味も無い。 ただ何となく出しただけだ。
僕は摺り足で歩いて居間に行き、冷蔵庫にあったコーラをペットボトルに口を直接付けて飲んだ。 行儀が悪いが、誰も見てないからいいと思う。


口を放し、手近なコップに新たに注いで、それを持って先ほどの部屋に行く。 そしてかなり久しぶりに、机の前に座る。


パソコンの電源を点けたが起動が遅い。 いつもだ。 たまに、イライラして殴りたくなる。

左腕を伸ばして、窓際のギターを掴んで持ち上げた。 子供の頃に数年間、お年玉を貯めて買ったギブソン、レスポールスペシャル。 買った時は、自分にしては珍しくウキウキした。


「ダダーン」


独り言のように呟きながら、ギターを弾いた。 鼻歌がどんどん溢れてくる。 それに合わせ、ギターで伴奏をしていく。


「奇跡が起こるのを待って
 見繕ってた言い訳は
 何時か忘れた 空の心に
 刻まれた 愛情
 少し真面目に言いたくて
 其れなのに悔しくなって
 傍に居られた 時間の中に
 刻まれた 後悔」


即興で唄を乗せてみる。
なんだか胸がスッとした。

今まで作れなかった曲が、またかつてのように作れるようになった。 いわゆる、スランプ脱出。 多分。 とりあえず自分おめでとう。



………………………
………………
………




その日の夜。
見ようと思っていた深夜映画は止めにして、僕はあのカフェに行ってみた。 考えてみれば、あの女の子には酷い事をしたと思う。 きっと、かなりショックを受けただろう。 もしかすると、もうカフェには二度と来ないのかもしれない。


案の定、彼女は居なかった。
店内にはオーナーである僕の父親しか居なかった。 彼はいつも通りに、「よう」と声を掛けるだけで、先日の件を責めたりはしなかった。


「ケーキ食べたい。 ショートケーキ。 あと牛乳」

「はいはい」


僕もいつも通り、店の一番奥にあるテーブル席に座ると「あーあ」長い溜め息を吐いた。


「ダルい」

「いつもダルいだろ」

「確かに」

「…………機嫌良いな、今日は」


父親は あからさまに気味悪そうな顔をしながら、僕の前にケーキと牛乳を置いた。 ケーキに牛乳は、組み合わせ的に良いのか悪いのか知らんが、とにかく牛乳が飲みたかったしケーキが食べたかった。


「まあね。 久々にいい曲出来そうだから」

「スランプ抜けたんか」

「抜けたんよ」

「良かったな」

「ありがとう」


淡白に会話を終了させると、フォークを掴んで、ケーキの頂上にあるイチゴを突き刺した。



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