君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
半笑いで頭の布巾を父親が取りながら、思い出したように
「そういやさ、あの美人なカノジョはどうなった?」
「恵美ね、恵美」
「まだ付き合ってんの」
中年親父が思春期の中学生みたいな話題を持ち出すな。
呆れてため息を吐きながら、自分の座っていたテーブル席に戻ろうとして、体の向きを変えた。
「…………おおぅ……」
「…………おおぅ……」
そして親子して同じ驚き方をする。
カフェの入り口に、小柄な少女の姿があった。
僕がとんでもなく酷い事を言って、金を投げつけた、あの少女。
僕が羨ましいと思うあの少女。
僕が疎ましいと思うあの少女。
「つ、つぐみちゃん……」
仲良しであるハズの父親も、この時はかなり怯んでいた。
幼さと大人らしさが共存する、日本人形のような少女の顔は、完全無欠に無表情である。 両目が真っ黒だ。 真っ黒で、視線がナイフのように鋭い。
そんな目が、レーザーのように僕を射抜く。
そのレーザーでフィジカルに射抜かれて、死んでしまえたら楽なのだが。
「…………」
怒っている。
めちゃくちゃ怒っている。
何故怒っているのかは解らないが、かなり恐かった。
「………………あの、」
何か言おうとしたが、何を言えば良いのかは思いつかない。
「…………」
僕が何かを言う前に、少女はクルリと背を向けて、早足でカフェから出て行った。 傍らで父親が残念そうな声を漏らす。 「もう来なかったらお前のせいだ」と。
とりあえず席に戻った。 別に、あの少女を呼び止めて「何故怒っているの?」と訊いたりする義務は無い。 というか、そんなこと訊いたら余計怒らせてしまいそうだ。
ケーキの残りをモソモソと食べている間、カウンターの中から父親が、恨めしげに僕を睨んできた。 睨むくらいなら、父親が呼び止めればいいじゃないか。 何で僕をそんな目で見るんだ。
「…………俊太郎」
「何だよ」
「命令だ、つぐみちゃんを追い掛けろ」
「やだよ」
「今度来た時にケーキ1ホール作ってやるから」
「…………」
ケーキの誘惑に負けそうな自分が嫌だった。
。