君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
そして結局、誘惑に負けた。
食べかけのケーキをそのままに、上着を羽織ると少女を追ってカフェから外に出た。
少女はすぐに見つかった。 カフェの横から延びる、細い裏路地を歩く後ろ姿を追って僕が小走りで走ると、少女は足音ですぐに気づいた様子だった。
「…………」
しかし振り返らず、歩く足を早めた。
「こらこら、待ちなさい」
商店街の周りには沢山の裏路地があり、沢山の店がある。 裏路地にしか無い、所謂名店ってやつもあるが、この時間には開いてない。 なんせ夜中の2時だ。 代わりに開いているのは、ホストクラブやキャバクラや、あとは、…………――まあ、いかがわしい店だ。
少女が一人で歩くには、危ない道である。 もし僕が追って来なかったら、彼女はこのまま一人でこの路地を歩いていただろう。
遠くで酔っ払いが騒ぐ声が聞こえる。 女共がキャーキャー声を上げて笑う声も聞こえる。
少女には似合わない世界だ。
「ここらへんは危ないよ」
すでに、あのカフェから五百メートル程離れている。 少女が相当な早足で歩くから。
「戻るよ」
「…………」
「ほら」
「…………」
「何か言えコラ」
黙りにイラついて声を低くすると、少女の歩みが緩んだ。
そして振り向いた。
視線の強さに、思わず心臓が跳ねる。
人形みたいで人形じゃない、美しい顔立ちがよく解った。
「ほっといて下さい」
「いや、でも危ないから」
「いいんです」
「よくない」
「なにが?」
突然、少女は荒々しい口調になって足を止めた。 僕に振り返ると、一歩詰め寄ってきて、上目遣いで睨んでくる。
「私は、もう二度と歌いませんから安心して下さいよ。 あなたがあのカフェに居る時は来店しませんし、二度と曲も作らない。
ギターも捨てますよ。 それで満足でしょ?」
「あれは――――……」
「何ですか? “ただムシャクシャしてただけで、本気じゃないんだ。 ごめんな”とでも言うんですか?
だったら言うな根暗野郎!」
「……はい、すいません」
「もっと謝れ馬鹿!」
「申し訳ありません」
「うるせえ馬鹿!」
なんだコイツは。 そんなに僕の言動が嫌なのか?
……いや、カフェに来た時から怒っていたじゃないか。 今は我慢していたものを吐き出したに過ぎないわけだ。 多分。
。