君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
「何? 何なの」
「函南が、函南が! ………ふぉぉぉ……っ!」
「お前何したんだよ! 神田が壊れてるじゃないか!」
「何もしてねえし! っていうか神田は元から壊れてるじゃねえか」
「おい、何か鼻から出てるぞ」
「あれは弁当に入ってたほうれん草のおひたしだと思う」
「なにしたんだよ函南!」
「何もしてないし!」
うそつけ、と軽く肩を小突かれた。 神田が身を乗り出し、周りの男子らを手招きした。 そして声を潜め、文字通り苦虫を噛み潰したような顔で囁いた。
「函南が、―――童貞卒業しやがった」
途端に男子達から絶望に満ちた溜め息が漏れ、僕は優越感と恥ずかしさでいっぱいになった。 十中八九相手が誰か訊かれるのだろうが、相手が相手なだけに答えにくい。
「函南は一番最後に卒業すると思ってた」
「先越された」
「相手誰だよ」
「ブスだろ? ブスって言ってくれ」
「そうだよ。 ブスだったら少しは救われる」
何がどう救われるのか謎である。
そして彼らには残念な事に、相手は頗る美人である。
僕が男共の士気を挫こうと、口を開いて何か言葉を発そうとした時、
「てめー、顔かせコラ!」
ドスの利いた巻き舌な女声が、一際大きく教室内に響いた。
見れば吉永の座っている席の真ん前に、どっしりと男らしく仁王立ちをしている、茶髪の女子が、彼女の襟首を乱暴に掴んでいる。
ヤクザ(というよりチンピラ)のようなその女、舞洲アヤメという。
名前こそお上品で可愛らしいものだが、実際の彼女はそうではない。
顔は綺麗な方だが化粧が濃い。 普段は言葉使いも乱暴でギャーギャー五月蝿いくせに、好きな男の前では、見てるこちらが吐きそうになる程のぶりっこへと変身する。
いわゆるギャルと呼ばれる生き物である。
舞洲は草野さんの頃から積極的にイジメに参加ていた。 草野さんがフった後の滝本に、ここぞとばかりに猛アピールを仕掛けて恋人になった強かな奴である。 滝本の創作した草野さんの噂に、尾鰭背鰭に鰓まで付けて皆にふれ周り、本格的なイジメへと生徒らを煽ったのは、実はこいつだ。
その舞洲が、現在吉永の襟首を掴んで引っ張り、無理やり立たせて何処かへ連れて行こうとしている。
前に他の生徒をイジメていた時にもこういう事をしていた。 そして次の授業に、その被害者は教室に現れずに早退した。
恐らくは暴力を振るうのだろう。
前々からそういう光景を見て、ほとほと嫌な気分になっていたが、この時ほど舞洲が憎たらしく思えた事はない。 さすがにそう何回もあると、腹立たしくもなるだろう。
「またかよアイツ……」
僕はそう呟いて舌打ちした。
地獄耳なのか偶然なのかは知らないが、それが舞洲の耳に届いたらしく、鋭い目で睨まれた。
「あんたに関係あるの?」
「……いや、関係あるかは解らないけど」
いきなり会話を強いられた僕は、取りあえず目をそらした。 つけまつげのラインを見ていると、これが人間のなし得る化粧なのかと思えてくる。 ああ草野さんの薄化粧。 ほぼ素っぴんの美しさ。 こいつには解らない神経なのだろうが。
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