君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
「は? 函南お前立つなよ」
「命知らずめ! お前が草野さんに釣り合うわけねーだろ!」
神田を始めとする男子達の箸が僕の弁当に伸び、僕の母が早起きして作ってくれたおかずを略奪していく。
「函南くんで合ってますよ」
面白そうに微笑みながら、草野さんが僕に向かって手招きした。
「え? じゃあ函南、…………函南……!」
驚きに満ちた表情の神田に、大きく頷いて見せる。 するといよいよ彼の口は開いたまま閉まらなくなった。 誰か閉めてあげて。
半ば酸欠状態で瀕死の神田に、トレードしていた彼の弁当を押しやると、僕は草野さんと連れ立って教室から出て行った。
「ねぇ、なんかあの子、緑色の鼻水垂らしてるよ?」
「あれはほうれん草」
「どんな食べ方したの……」
廊下を出てしばらくすると、教室から爆発的な歓声が聞こえてきた。 それに不快感やからかいはなく、どちらかというと祝福モードだった。 僕は嬉しくなった。
取りあえず人気の無い所に行こうという事で、屋上に上がった。 冬で寒いため、そして夏は暑いため、普段からここを好んで出て来る人間は少ない。 最適の場所である。
「あのね、本ね、やっぱり自分で返した」
「……そっか。 でも、めちゃくちゃビックリしたよ」
「いきなり来たから?」
「うん。
それに格好良かったよ」
僕が誉めると、彼女は嬉しそうに笑いながら
「えへん」
と胸を張った。
その姿を見て、数日前の事を思い出した。 暗闇でも映えて見えた白い肌、耳に掛かる彼女の熱い息。
自ずと胸が熱くなる。
「函南くんのエッチ」
「なんでだよ」
「お目目が嫌らしいですよ」
「…………」
彼女に簡単に見透かされるのは、今に始まった事ではないから良いのだが。
草野さんは微笑むと、くるりと向きを変えて手すりの方へと歩いていく。 僕も後を追って、手すりに近寄って寄りかかった。
下から緩やかな風が吹き上がり、隣に立つ草野さんの髪の毛を掻き上げた。 フワリと舞い上がった黒髪は、見惚れる程美しい曲線を作った。
「悲しいね……。 まだあんな事が続いてるんだ」
目を伏せた彼女の唇は、無理に笑おうとしているような形をしていた。 何も感じていないような口調だったが、表情は悲しげだ。
僕は彼女が泣くんじゃないかと思った。 でも、だからと言って何をすれば良いかが解らなかった。
――――僕がもっと、大人だったら。
きっと、彼女を元気付けるために気の利いたことを言えただろう。
残念ながら今の僕は、彼女が頼れるような男ではない。 これから先、なれる保証も無い。
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