君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
彼女の言葉が途切れた。 私は彼女の横をすり抜けて、近くのテーブルに歩いて行った。
舞洲は顔を歪めていた。 今まで蓋をしていた感情が、一気に溢れ出していく。
「あんたが、――あんたが教室で手首切った時、わたし、すごく後悔した」
涙でくぐもった声が聞こえる。 つられて泣きそうになった。
「やらなきゃよかった、って。
母さんが血だらけになって、あんたも血だらけになって、わたしも死にたくなった」
「…………うん」
「でもさ、それでもまた新しく誰かをイジメようって思った。
何でか解らないし、――――なんかわたし、とにかく自分が何なのか解らなくてさ。
っていうか、何をしたらいいのか解らなくてさ。 それに周りの奴ら、またやろうってニヤニヤしながら言うんだよ。 また同じことがあったら面白いって」
「…………へえ」
「滝本はさ、最初は優しかったけど、段々本性表してさ。 怒ったら殴ってきた。 あと変態。 サディスト。 手錠とバイブは必須アイテム」
「……まあ私は、変態は人によっては許せるけど?」
「気色悪いのアイツ。 実は根暗だしストーカーみたいな所あるし。 いいのは顔だけ」
「あー…………、滝本はとりあえず死ねばいいよ」
親しい誰かよりも、互いに距離を置いてる相手の方が、こういう事を話すのが容易い。 舞洲は化粧が崩れるのを気にせず、目のあたりを擦った。
「座ろう」と誘って、テーブルの椅子を引いた。 舞洲が泣きながらそれに座り、私は向かい側に腰掛けた。
夏目漱石の「こころ」を両手に捧げ持って、顔を隠しながら、
「最初は滝本が好きだったから我慢出来たけど、もう無理だったわ」
「そうか」
「さっきから相槌ばっかじゃね?」
「そうだね」
相槌で応えると、涙で濡れた舞洲の顔が、本の影から現れた。 泣きながら笑っていた。 あと化粧が崩れて目の周りが黒い。
「人に優しくされたいなら、自分が優しくなれば良いじゃないの」
頬杖をついて言った私に、舞洲は泣き笑いながら頷いた。 これもまた、感動を誘うような事を言ったつもりは無いのだが。
だから舞洲が泣くのが、不思議な気がした。 そして同時に、少し照れくさかった。
「草野、色々とごめん」
「気にしてない」
「だろうね、あんたなら」
二人の間に、よく解らない相互理解が出来ていた。 私はそう思う。
舞洲に応えて微笑もうとした時、彼女の背後に吉永が現れた。 途端に笑顔が引っ込み、気持ちも凍った。
「つまんないの」
鼻に掛かったような、甘えるような声で、吉永はそう言った。
驚いて振り返った舞洲が、吉永の姿を見て肩を震わせる。 そしてまた私を見て、「どういうこと?」とでも言いたげな顔をした。 得体の知れない不気味さを感じているみたいだ。
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