君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を




「お前は馬鹿か! あんなカワイイ子と付き合うなんて、俺だったら鼻水撒き散らして嬉し泣きするよ!?」


屈辱だ。 こんなアホに説教されるなんて。
勝手に汚い泣き顔を晒してろよ。


「なのにお前、最初からあんなの好きじゃなかった〜別れて清々した〜、とか、――――死ね! 死ね! 死はDETHです!」

「何言ってんのお前」


冷静に返したら、蝋燭の火を吹き消したように、鹿島は大人しくなった。


「羨ましいんだよーぉぉぉ」

「まあいいじゃん。 メシ食おうぜメシ」


大山が向かい側から差し出してくるメニューを受け取る。 メニューを広げた僕の肩に寄り添ってくる暑苦しい鹿島(26歳独身。 最後に彼女が出来たのは八年前)を肘打ちで退けながら、ハンバーグセットを選んだ。


「小学生みたい」


生意気な事を抜かす鹿島(しかも3ヶ月でフラれた)の喉をメニューの端で突いてやった。 「エフッ」アルファベットの一つを口に出しながらもそれを受け取り、奴はカレーライス(甘口)をチョイスした。 お前こそ小学生みたいだ。









ボタンで店員を呼んで注文を済ませ、僕はトイレに行くために席を立った。


「あっ、あの…………っ」


トイレまで後数歩という所で、後ろから呼び止められた。 振り返ると、二十歳かそこらの女の子が緊張した面持ちで立っている。


「あのっ、あのっ………“PAPERBACK WRITER”の相楽さん、ですよね?」

「……ああ、まあ、そうですけど」


緊張してんのは解るけど、何もトイレの真ん前で、明らかに「今からトイレ入ります」的な雰囲気の人間に話し掛けんなよ、と内心舌打ちしたが、顔には出さなかった。


「あのっ、大ファンです…………!!」

「ああ、どうも」


だから何だ。 トイレに行かせてくれ。


「握手して貰ってもいいですか?」

「…………どうぞ」


早く終わらせたい。 そして退っ引きならない下の状況をなんとかしにトイレに駆け込みたい。 本当に顔には出してないが、実は限界が近いのだ。

しかし望み通りにはいかず、女の子は差し出した僕の右手をジッと見詰め、ゆっくり、ゆっくりと自分の右手を動かす。 遅い。 早くしてくれ。


「はぅ………っ」


指先が触れた瞬間、女の子は恥ずかしそうに声を漏らした。 今のこの状況じゃなかったら、可愛いと思うのだが。

とにかく退っ引きならない、…………退っ引きならないのだ。


「うぅ…………くぅぅ………」


ジックリと握手の感触を味わっているその姿に、早く離せ!と怒鳴りそうになった。


「あの、もういいかな?」

「あっ!」


辛抱ならなくなって一方的に手を離すと、女の子は一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに現在地と僕の存在の意味する所を察したのか、茹で蛸みたいに赤面した。




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