君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
「へー!」
隣の席からは聞き取れない程に潜めた小声で、大の男4人は顔を寄せ合った。
「めちゃくちゃ美人じゃないか!」
「どこで知り合ったんだ」
「何でお前ばかりが美人に縁があるんだよ」
大山、藤川、鹿島の順で喋った。 テーブルの下で密かに足を踏まれたりされた。 僕は非常に不快な心持ちを、なんとか顔に現そうと努力したが伝わらない。
「知るかよ」
ただ、どうしても、彼女の事を詳しく話したくないと思ったので、それしか言わなかった。
「猫、飼おうかなあ」
「やめてよ。 俺、二度と君の家に行けなくなるよ」
背後で聞こえる楽しげな会話に、図らずも耳が敏感になる。 “家に行けなくなる?”――――この少年は行った事があるのか。
「えー? じゃあ函南くんが来た時は別室に移しますからぁ」
「いや、あのさ、――――猫じゃなくてもいいだろ? 犬とかハムスターとかさ」
「うーん……。 でもさ、そもそも君、動物に好かれる体質じゃないのかもよ? だって、さっき道ですれ違ったおじいさんが連れてた犬にも唸られてたし」
「言うな。 結構傷ついてるから」
だから、何で家に行ったんだ? 行って何をしたんだ?
厨房から出てきたウェイトレスの両手に、僕が注文したハンバーグセットがあった。 しかし食べる気分にはなれなかった。
「俊太郎? ハンバーグ来てるよ」
立ち上がった僕を、三人が不思議そうに見上げてくる。
「皆で分け合って食べてね。 一つの食べ物を分け合う事も厭わない位の仲良しだよね?」
「うん!」「そうだけど」「食わねーの?」
嬉しそうに頷く鹿島、遠慮と不思議さを秘めて僕を見る大山や藤川に、「食わねー」等閑に答え、早足でファミレスの出口に向かった。
自分が意味不明だ。
何だってあんな子供の事が気になる?
もしあの二人が恋人同士だとしても、僕には関係の無い事じゃないか。
「…………」
出口の硝子扉の取っ手を掴んだ状態で振り返ってみる。
あの少女は、“つぐみちゃん”は、僕を見ていた。
向かいに座る少年が、注文した料理にがっついて食べている姿ではなく、僕を見ていた。
その表情は静かで、さっきのようにからかうでもなく、この前のように怒るでもなく、――初めてまともに顔を合わせた時のように驚くでもない。
親密さを感じた。
どこから生まれるのか知らないが、とにかく親密なものを感じた。
漠然と“親密さ”としか浮かばない。
具体的にどんな感情がここにあるのか解らない。
とにかく僕は、“つぐみちゃん”が僕を見てくれた事が嬉しかった。
。