君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
「…………」
男性が無言でカウンターに置いたのは、アコースティックギターの弦だった。
あー、前に草野さんが買ったのもコレと同じやつだったなーとか考えながら、レジを操作して金銭の遣り取りを手早く済ませ、カウンター内に用意してある買い物袋にそれを入れて渡す。
客の無言さになぜか圧倒され、僕まで無言になってしまう。 ボサボサの髪の毛の隙間から覗く目が、心なしか僕を睨んでいるようにも……。
「あ」
ハタとそこで気付いた。 この顔、見覚えがある。
頭の中で、その人の名前が浮かんだ瞬間、僕は思いっきり指を差してしまった。
「……さ、相楽俊太郎だ!」
「人を指差すのは失礼だ」
思わず、少し大きな声を上げてしまう。
男性客、相楽俊太は僕が大声を出した事が不快だったらしく、鼻に皺を寄せた。
「えっ、うそっ、サイン下さい!」
「嫌です」
「じゃあ写メ撮らして下さい!」
「嫌です」
「じゃあ握手!」
「嫌です」
「ことごとく拒否かよ!」
まあ、いきなり「サイン下さい」は、確かに失礼だけども。
とにかく目の前に、よく聴いてるロックバンドのボーカルが居る。 テンションがブチ上がるのも、無理は無いと解って欲しい。
「君、ギター下手だね」
頭を抱え、天に向かって叫んだ僕に構わず、相楽俊太郎はズバリと言ってきた。
相手は音楽で稼いでる人間だ、そんな人と比べたら、確かに僕の弾くギターはクソの役にも立たないだろう。 でもムッとしてしまう。 初対面の人間にそれは無いんじゃないか? ―――…………人に言えたもんじゃないか。
「下手くそ」
「………………」
「下手くそ下手くそ下手くそ下手くそ下手くそ下手くそ下手くそ」
「そんなに沢山言わなくても解ってます!」
どうせ下手ですよ!
「なんかさぁ、テクニックとか弦の押さえ方は出来てるけど、…………“普通”の域を出ない感じ」
「た、例えば、どんな風にすれば良いですかね……?」
「知らんよ。 自分でどうにかしろよ」
「…………」
「あー、腹減った」
さー帰ろ、と呟き、相楽俊太郎は僕にクルリと背を向けて早足で去って行った。
「………何なんだよあの人」
掴み所無さ過ぎるだろ。
突然やってきて、自分のペースに他人を巻き込んだまま去る……………って、あれ?
なんか、誰かに似てるような……。
。