君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を




理由はないが抱き締めたかった。 場所なんかどうでもいい。


「どうしたの?」


不思議そうに訊いてくる。 本当はどうしたのか、解ってるんじゃないだろうか――――、そう思わせられるような言い方だった。
焦れったかった。 解って欲しかった。


君は僕を好きなの?
僕だけを好きなの?


「僕が好き?」


彼女の柔らかな耳朶に自分の唇を付けて問い掛けた。 当然のように「好きよ」と、彼女は答えた。 感情を隠すように、笑顔で色をつけながら。


「本当に?」

「………………本当に」


子供をあやす時のそれで言いながら、草野さんの手が僕の頭を撫でる。 暖かい。 気持ち良い。 でも悲しい。


「どういうこと? どうしてそんなことを訊くの?」


暫くしてそう問いかける彼女の声は、先程と同様不思議そうな声色だが、その中に不安があった。 いつもは上手に隠すのに、この時は露わになっていた。 僕の後ろ髪を彼女の手が引っ張ってくる。 はあ、はあ、と彼女の呼吸が早くなった。 悲しい。 悲しい。 悲しい。


「草野さんが好きなんだよ。 大好きなんだよ。 一緒に居られて嬉しいよ」

「私だって好きだよ」

「誰が好きなの?」

「誰って……」

「誰が好きなの?」

「…………」


髪を引っ張られて痛かった。 でも痛くない。

縋るように、細い両脚が僕のそれに絡まる。 彼女が泣きそうなのが解る。 僕も泣きそうだ。








「他に、好きな人がいる……」








喉の奥から、自分でもどうやって出したのか解らない呻きが漏れた。 薄々解ってはいたが涙が出てきた。


「でも君も大好きなんだよ……。 本当なんだよ。
 その人よりも君と一緒にいたいんだよ」


僕と一緒に居たいと言っても、心の底ではその人を焦がれているんだ。
本当は屹度、草野さんはその人が世界中で一番好きなんだ。


悲しいけど、それでも一緒に居たいと言ってくれた事が嬉しかった。 色々とゴチャついてる。

体を離すと、彼女は顔をクシャクシャに歪めて泣いていた。


「ごめんなさい。 ―――――お願い、嫌いにならないで」


こんなに怯えた、子供のような所を見たのは初めてだった。 途端に申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。



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