君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
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夜になって、父親のやってるカフェに行った。
だからといって彼女に会えるとは限らない。 先日の件があって以来、彼女とこのカフェで遭遇した事はない。
「…………」
「“いらっしゃいませ”って言わないよね、僕が来ても」
「ケーキは無いぞ」
「じゃあ、チーズケーキ」
カウンターに座り、父親の睨み顔に白目を向いておどけて見せた。 すると彼は
「…………どうしたの!?」
初めて見るような驚き方をした。
どうもしていない。 普通に対応したつもりなのだが、一体何がおかしいのだろう。
「何?」
「お前がそんなにふざけた顔するの、見た事ない! キショイ!」
「50過ぎたオヤジが“キショイ”とか言うな」
わざとらしく両腕を抱え、身を震わせる父親。 なんか腹立つな。
「何? 世界の終わり? 未だかつてそんなに表情豊かだった事ねーぞ? 死ぬの? 病気?」
「ちげーよ」
父親はどうも釈然としない様子だったが、とりあえず騒ぐのを止めた。 僕を凝視したままチーズケーキを出し、次いで注文した紅茶も持ったきた。 これも凝視したままだ。
「あのさ、何かあるんなら――」
「うるさいな。 ほっとけよ」
気持ち悪そうに、それでいて心配そうな目だった。 そんなにやばい事は無いのだが。 ただ自覚しているのは、心のちょっとした変化だけだ。
「そういえばさ、この前のあの女の子」
「つぐみちゃんな」
「あの子さ、あれから店に来た?」
そんなわけねーだろと吐き捨て、実に嫌味な口調で「お前が悪いんだぞ」と言われた。
「意味わかんねーそれ。 あのさ、あの子の名字、何て言うの」
「はあ?」
不思議そうな顔で、気の抜けた声を出した。
「いや、あのさ、今日テレビであの子にそっくりな顔の学者が出てた」
「あー、草野芳彦! つぐみちゃんのお父さんだよ」
「じゃああの子は草野つぐみって名前?」
「うん。 お母さんはデザイナーで、つぐみちゃんは一人暮らし。 小さい頃は紙の上では同じ住所に住んでたけど、つぐみちゃんは泊まり込みのベビーシッターに任されっぱなしで、親と実際にあったのは二回か三回しかないって」
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