君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を
突如、横から伸びた手にチーズケーキが奪われる。
奪ったそいつは、フォークを手に持つと、ケーキのド真ん中に突き刺して真っ二つにして、二つなったケーキを二口で食べ終えた。
「食うの超早えし」
「ごちそうさまです。 オジサンこんばんは!」
「いらっしゃいつぐみちゃん、こんばんは」
「え、僕には?」
「カルボナーラとコーラお願いです」
「かしこまりましたー」
「無視? 僕は無視なの?」
さっきから話題にしていた草野つぐみだった。
「誰あなた?」
ひどすぎる。
顔には出さなかったが、今のは結構傷付いた。
カウンターの木目に落としていた視線を、彼女の方へ向けると、
「…………」
先方も無表情でこちらを見ていたが、上目遣いの瞳は面白がっているようにキラキラしていた。
「からかうなチビ」
「うわっ、人が一番気にしてる事を……。 嫌な奴だなあ、死ねばいいのに」
「お前が死ねよ」
「いやそっちが死んで」
何だか凄い内容の言い合いである。 父親は笑いをこらえながら、彼女の前にコーラを置いた。 何も笑う所は無いのだが。
「僕が死んだら困る人居るから」
「絶対居ないね。 こんなに根暗で優しさの欠片も無い人」
「僕は優しい人だよ? 道端に子猫が捨てられてたら絶対拾うし」
「嘘だね。 無視して素通りするね」
「しねぇし」
「絶対、その子猫の腹を踏みにじって殺すんだ」
「そんな恐ろしい事する奴は僕じゃない」
「まさか…………? 子猫を炒めて食べるの!?」
「なんでそんな凄い事思い付くの!?」
呆れて笑いも出ない。
僕につっこまれた彼女は、頬を膨らませてコーラのグラスを引き寄せた。
「どこまで話聞いてたの」
「話してたの? 二人して腕組んでただけでしょ?」
「んー……、聞いてないなら別にいいけどさ」
意味が解らないといった様子でストローに口を付け、黒茶色の炭酸飲料を飲む彼女。 血の色が濃く浮かんだ唇が窄められ、無意識にそれを見てしまう。
唇や白い顎の輪郭や、首から鎖骨へのラインがなんとなく婀娜(あだ)っぽい。
「キモい見るな」
「痛っ!」
こちらの視線に気付いた彼女が、ピンと伸ばした指先で僕の顎を下から垂直に突き上げた。 爪刺さった。
「“板”? 板チョコ? くれんの?」
「違うし」
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