君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を






彼女は無表情で無言だったが、何も感じなかったわけじゃない。 本当はどう応えるべきか迷っていたのだ。 それは解っていた。


「……くそっ」


堪らなくなった僕は、財布から適当に出した五千円札をカウンターに叩き付けると、コートを片手に持って走った。

店から出ると当然寒かったが、少し離れた場所を歩く少女の小さな背中を見付けると、自然と体に熱が這入る。 かなり久々の全速力で走り、彼女を追い掛けた。 しんどい。


「待って!」


僕の声に振り返った彼女は、――――泣いていた。

透明な滴が白く滑らかな頬を伝って落ちていく。 綺麗だったけど悲しかった。

僕は走って彼女の所まで行くと、迷うことなくその華奢な身体を抱き締めた。 あれほど悩んで熱望していた瞬間は、意外にも自分の努力次第で簡単に手に入った。


「ごめん」


胸が切り裂かれたように痛かった。 とにかく、彼女を離しては駄目だと思って、僕は腕に力を込めた。

僕より20センチ以上背の低い彼女の足が徐々に爪先立ちになり、最終的には完全に宙に浮いた。 細い腕が僕の肩に巻き付いてくる。


互いに何も言わなかったのは、恥ずかしいからではないし怒りがあるからではない。
ただ、二人とも泣いてるのは確かだった。 好きすぎてどうしたらいいのか解らなかった。


「ちゃんと眠れてますか?」


くぐもった声が聞こえる。 首を振って応えると、「体に毒ですよ」子供をあやすように頭をポンと叩かれた。


「…………一緒に寝てくれる?」


無理だろうと思いながらも、そう言う自分が馬鹿に思えた。 いや、実際馬鹿だ。 ずっと前から馬鹿だった。

でも本心から、僕はそれを望んでいた。 彼女を抱き締めて眠りたかった。 それだけでいい。


息が詰まりそうだった。 彼女のコート越しに感じる身体のラインはやはり細く、反射的に僕の身体は中心点へと血液を集中させる。

僕の身体の変化に気付いたのか、彼女は小さな声で呟いた。 耳元に付けた唇が、冬なのにすごく暖かかった。


「エッチしたいの?」

「いや、別に、ソレが目的なわけじゃ……」

「じゃあ膝枕して欲しいとか?」

「だからソレは…………、………いや、してほしいけどさ」


零すように本音を吐き出すと、「ははははっ! ヘンターイ」両足をぶらぶらさせて笑い飛ばされた。

確かに僕は変態だ。 ものを書く仕事をするなら、変態くらいが丁度良いものだ――――――というのは、今口に出してもただの言い訳にしかならないだろうからやめておく。




< 99 / 114 >

この作品をシェア

pagetop