合縁奇縁~去る者は追わず来る者は拒まず
いくら考えても思い出せなかった。
まぁ、百歩譲ってこいつが同じ会社の社員の一人だとして、何百人といる男性社員の中から、この男を見分ける術をわたしは持たない。
入社十年超えのわたしの履歴の中で、社内の移動はたった一回。
だからわたしの知る人物は、同期を除けば、入社時の総務課と現在の企画部企画課に限られる。
「俺、総務の山城一騎(ヤマシロイッキ)です」
「山城?」
名乗られても合点がいかないのは変わりない。
そもそも……、この顔に見覚えさえないんだから。
チッと舌打ちをして、その男はおもむろに手に持った上着の内ポケットから何かを取り出した。
眼鏡だ。
彼はもったいぶって両手でツルを持ち、おもむろにその顔に眼鏡をかけた。
その途端、生意気な下目使いが消え、わたしを真っ直ぐに見据えた彼の口元が柔らかく微笑んだ。