恋するplants
インクが紙に垂れるのを防ぐため、「旅立ち」という書を一筆でかくと、
お豆くんが空のタライを持って駆け寄りその中に筆を入れて紙の外側に2人で出るのだ。
お豆くんとのタイミングが上手く合わないらしく松ちゃん先輩はイライラしている様だった。
お豆くんもそんな松ちゃん先輩にビビっているのかすみません!と泣きそうな声を出している。
柊部長がまあまあと仲裁に入る。丸太さん、クリリン先輩は松ちゃん先輩の声も気にせず黙々と自分のパートの練習をしている。
とっつぁん先輩はアイドル部の曲かけるのに音響機器をいじくっているところだ。
みんなの身長より高いところに腰かけて俺は床に置かれた書を眺めた。
松ちゃん先輩のかく書は基本の筆の運びは柊部長に比べると荒々しいところがあるけれど、お豆くんのいう通り、アーティスト気質なんだろう。
東北で極寒の中開催される裸祭りとか大きな和太鼓を叩いている人を彷彿(ほうふつ)させるような男気満ち溢れた生命力のある堂々とした書だった。
松ちゃん先輩に叱咤させるお豆くんを背に、中腰になり黙々と紙に向かう丸太さんの様子を眺めた。
祖母がぎっくり腰になって倒れたあの日、彼女の前で子供のようにべそをかいた俺は、何となく彼女と会うのが恥ずかしいような気がしていた。
けれども彼女は次の日もいたって普通に接してくれた。
もちろん、祖母の様子を心配するようなことは訊ねてきたものの、情けない俺の姿をからかうようなことは何も言わなかった。
そういえば、俺が食べ物を吐く癖に気付いてくれたのもそれを克服するきっかけを作ってくれたのも彼女だったなと思い出した。
今回も丸太さんに誘われてなかったらもう1度書道を始めてみようなんて思わなかったかもしれない。