いつか、きみに、ホットケーキ
14. 苛立ち

「吉岡くーん、悪いけど向こうの機材もお願ーい!」
まだこの現場に不慣れな吉岡くんに指示を出す湖山は、普段本当に大沢くんに頼りきりだったことをまざまざと思う。他に漏れていることはないかあちこちに目を配りながら片づけをしている湖山のどこかいつもと違う雰囲気を察したのだろうか、菅生さんは湖山のほうへやってくると中腰になって話しかけた。

「元気?」
「そうでもない。」
「どしたの?」
「ちょっとイライラしてる。」
「そうなんだ。」
「分からない?」
「分からないね。」
「飯食いに行かない?」
「今日?」
「うん」
「今夜?」
「そう。」
「ふーん。いいよ。」

「友達でいましょう」とバッサリ振られたけれど、最近これでよかったな、とよく思う。菅生さんは恋人にするよりも友達の方がずっと居心地の良い人かもしれない。一度お昼ご飯を食べながら色んな事を話してみて、もっと話したいなと思った。それは、一度は恋愛感情を抱いた人の事をもっと知りたいということもあったけれど、単純に、話し足りないと思える程有意義な時間だったと思えたからだ。それから月に一度XX社に行く時には連絡をしてランチを一緒に取ったり、近くまで行ったり時間的に都合がよければちょっとお茶を飲んだりして、大人になってからでも、そして妙齢の(と言ってもいいはずだ。二人とも独身なのだし)男女の間にも友情は芽生えるものだな、と変に感心したりする。


菅生さんがずっと気になっていたというマクロビオティックのレストランへ行くことにした。ちょっとオシャレなカフェが夜もやっていますという雰囲気で、女性客ばかりがおしゃべりに花を咲かせている。

「で、どうしたって?」
席について居住まいを正しながら菅生さんが問う。

「イライラしてる。」
「うん。だから何でイライラしてるの?なんか理由があるんでしょ?」
「大沢が」

テーブルの上にランタン、といった感じのランプがユラユラと揺れている。これは電球にこういう仕込みがしてあるからなのだろうか?

「大沢さんがどうしたの?」

菅生さんがテーブルの上で手を組む。小さなテーブルが少し揺れて、テーブルの上のランプがチラチラチラと灯りを揺らす。

「結婚するって」

ランプの光が菅生さんの腕時計のフェイスに映っている。蛍みたいだ。ざわめいた店内で湖山と菅生のテーブルだけが静かだ。菅生さんは腕を組んだ姿勢のまま湖山を見守っている。

「結婚するんだって。」
湖山はもう一度繰り返す。
菅生さんは何も言わない。目だけで「うん、聞こえている」と答える。

「それで・・・。それで、その事を言ってくれなかった」

組んだ腕を下ろして胸の前に置きながら、菅生さんが溜息に似た深い息をする。ランプが揺れている。彼女の息が掛かったのだろうか。

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